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いよいよ我が「Pure Well Right」の今年のツアーが始まります。今年はさらに範囲を広げて、初めて高知にも参ります。姫路も初お目見えです。多彩なゲストもお迎えし、メンバー一丸となって全力投球で当たります。皆様お誘い合わせの上、是非是非ご来場くださいませ!心からお待ちいたしております!

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僕は子供の頃から、見る夢の半分以上が釣りの夢だった。今でもそうである。そんな僕に多大な影響を与えてくれたのが、釣りに関する書物だった。佐々木栄松、小西茂木、開高健と言った巨匠の著した本に夢中になって、「僕もいつかやってみたい」と憧れ続けてきた。
画家であり文筆家でありかつまた釣りの名人でもあった佐々木栄松師とは不思議な縁で導かれたように先月、師の作品を展示している釧路湿原美術館で地元のお客様に集まっていただいて演奏させていただいたばかりである。
児童文学の作家であり関東淡水魚釣協会(だったかな?)の会長も務められた小西茂木師の本ではアオウオやレンギョの記述に引き込まれたものだった。
文豪開高健氏については言わずもがなである。また、佐々木師と開高健氏の交流についてはつい最近湿原美術館でそのことを知り、驚いたのであった。

還暦に近づいてきた今、そういう巨匠たちへの憧れとはまた別に、自分と近い目線で書かれた釣りに関する名文に出会い、これに毎晩酔っている。自分と近い、なんて言うのも烏滸がましい限りで、釣りも文章も僕なんかより遥かに高いところにおられる方だが、ここにご紹介したい。
阪東幸成さんの新作「Life Is Fly Fishing 」。文も写真も素晴らしい。そして細かいところまで実に「気の利いた」本です。
僕はこの本の中で、小西茂木師の著作にある「竹の六角竿」が日本のフライフィッシングのバンブーロッドの祖、多田一松師に繋がるということを知った。
釣りをする人もしない人も是非お楽しみいただきたい。

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 いよいよ夏期講習が始まった。講習開始にあたって、生徒各人の夏の目標を各科目のノートに書かせた。ざっと目を通すと、

 織田 「細心の注意をすべてに払うこと」

いかにも彼らしいが、すでにそういう性格だし、ほぼそうなっている。これ以上注意深くならなくてもいいような気もするが、本人としては念には念を入れたいようだ。もう少し大胆な発想も欲しいところだが。

 祐子 「大きな飛躍は小さな積み重ねから」

素晴らしいことを言う。祐子の国語力は単に問題に対する正確性が高いだけではなくて、言葉に対するこういうセンスの良さも要因の一つなのだろう。彼女の才能といってもいいのではないか。

 大悟 「苦手科目をなくす」

まあ、それはそうなんだが、こいつが言うとなんだか苦手な科目自体を撲滅し、無きものにしてしまおう、なんて意味にも聞こえてくるから面白い。もちろん本人はそんなつもりで書いていないだろうが、「国語と社会なんて無くなればいいのに」とは思っていることだろう。 

 飯田 「やればできる。だから全部やる」

はいはい。わかってるならやってくださいよ。のど元過ぎればなんとやらで、すぐサボり癖が出てしまう質なので彼にはこの自分の言葉を何度もかみしめてもらいたい。

 かえで「算数をがんばる。自分に負けない」

その通り。受験は競争ではあるが、人と競い合うと言うより自分との闘いだ。競争相手が見えている訳ではないし、自覚できるのは常に自分のことだけだ。かえでの場合、算数が上がればかなり合格に近づく。頑張って欲しい。ところで、最近さらに身長が伸びた気がするが、女子にうかつなことは言えない。本人が自分で話題にしない限り黙っていた方がいいだろう。

 ナナ 「理科をよくする。常に前進!」

理科はナナの夏の大きな課題だ。ナナならやればできるだろう。彼女のいいところは、おおらかでいつも前向きなところだ。そんな彼女らしい言葉だと思う。足を引っ張っている理科さえ上がれば、その先は結構期待できるのではないか。

 春生 「算数と社会をがんばる。応用問題をできるようにする」

なかなかいいじゃないか。具体的な目標を定めているのは感心だ。平均点を超えるようになった今、ここからがしんどいのだが、モチベーションは男子で一番高い。大いに期待していいだろう。

 りる 「自習室で自習をがんばる」

彼女にとって、自習室とは勉強に集中できる大事な場所になったようだ。うちにいると二人のお兄ちゃんがなんやかんやと言ってくるし、末っ子の長女なので甘やかしの気配もあるのかもしれない。自分から自習室にいくとはストイックな所も出てきた証か。

南出 「基本問題を全部できるようにする」

これは大変大事なことだ。本当に全科に渡ってこれができれば、彼の志望校なら合格ラインが見えてくるはずだ。実際には4科そろって基本問題の完全制覇は簡単なことじゃないが、いい目標だ。

充  「全部の時間を勉強する」

これは言葉通りの話ではなくて、ラグビーの練習に裂いていた時間のことを言っているのだと思う。何か重要な習い事をしている子はどうしても時間がそれに取られる。学校もある子供たちにとっては、時間は限られているのだ。大人で言えば、会社努めや家事をやった残りの時間を何かの趣味にあて、さらにもう一つ何かを始める、といった感覚だ。そう思えば、結構忙しいのがわかる。充の場合、今までチームの練習の他に自主トレみたいなことも参加していたらしいから、それを受験勉強にあてるなら、この夏で一気に変わる可能性はある。頑張ってもらおう。


 まだ始まったばかりで、夏の結果、成果は云々できないが、初めて受験生を持つ保護者の方に知っておいて欲しい件が一つある。夏に頑張った成果が9月の最初の模試で現れるかどうかは、わからない、ということだ。学校が休みの約40日、朝から晩まで勉強するとなると、子供たちにとってはかつて経験の無い量をこなすことになる。膨大な量の知識を叩き込んだ上に、ハードな頭のトレーニングをくり返す訳で、夏が終わったからといって、すぐに吸収できる訳ではないのだ。頭が疲れてしまうこともあるし、詰め込んだものの整理がつかないまま模試を受ける可能性も高い。個人差は必ずあるので、順調に伸びるケースも当然あるし、逆に頑張った子ほど疲れていて9月のあたまでは成績が一時的に下がることもよくある。どちらに転ぶかはやってみなければわからない。このことを予め知っておいていただくと

「あんなに勉強したのに成績が落ちたなんて、うちの子には無理なのか」

とか

「勉強が形だけで真剣にやってなかったんじゃないか」

などの心配をせずに達観していただけると思う。順調に上がってくれば、それでよし。普通に褒めてあげればよいし、もし、逆の結果が出ても10月になれば上がってくるはずで、そうなったらそこから先に落ちることはまずない。疲れがピークになっているはずなので、そこまで頑張った努力を褒めてあげて欲しい。


 長い講習期間、ほぼ毎日長時間の授業となるが、それで密度が下がってしまっては意味がないので、最初から講師の俺たちもテンションは上げていく。初日が終わったときは正直、頭がくらくらしたが、それも毎年のことだ。毎朝、早いので仕事が終わってからの「呑み」も控え目にしておく。とはいっても行かない訳じゃなく、行くのはやっぱり行くのだが、時間をダラダラと長くしてしまっては、翌朝に差し障るので短めにしておく。6年の連中だけじゃなく、他学年や中学生のクラスの話も菅生くんと情報を共有しておかなければならないのだ。情報の共有に酒や肴は必要ないじゃないか、とおっしゃる向きもあるかと思うが、俺と菅生くんには「あった方がいい」のだ。なくてもまあ可能だが、あった方が何かとスムーズに事が進む。なんか無理くりな理屈のようだな。自分で言っていてそう思えてきた。そういえば、大悟の奴だが、あいつは授業中、よく鼻をほじっている。問題を解きながら、つまり考えながらほじっている。女子はもちろん、男子もみんなドん引きなのだが、本人は相変わらずのおかまいなしだ。一度、俺が注意したことがあるが、

「オレはこの方が集中力が増す!」

と言って、やめることはなかった。今もほじり続けている。考えてみれば俺と菅生くんの「呑み」も同じようなもんか。そう思うと呑みにいくのも少しは止めた方がいいように思えてきた。たまにはそうするか。まだ始まったところで身体が慣れていないので、疲労感が半端じゃないが、だんだん日が進むにつれて慣れてきて、なんとかこなせるようになる。それでも半ば無意識に溜まってきた疲労が、器の容量を超えてこぼれるように意識されはじめると、ようやく前半終了の小さなゴールが見えてくるはずだ。そうすれば、残りはまたなんとか頑張れる。それがいつものパターンだが、生徒の方はというと、これが感心するほど元気だ。彼らだってきついはずだが、回復力があるのか、いつまで経っても毎朝元気だ。連中の瑞々しい回復力は若さゆえなのか、それともおかあさんの作ってくれるご飯のパワーなのか。きっと両方だろう。そのどちらもない俺は、ひたすら頑張るしかない。ため息が出るが、まだ道のりは長く、始まったばかりなのだ。



 

12月2日(日)のお昼12時から、吉祥寺の「Rock Joint GB」にて我がP.W.R.の今年最後のライブを行います。平成の締めくくりとなるライブで、新曲、新ネタを用意してお待ちしています。
みなさま、こぞってご来場の上、みんなで盛り上がりましょう!!

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 模試の復習、総括の回を経て、来週からいよいよ夏期講習に入る。ついこの間、新学期だったのに早いもんである。約30日の長きに渡って朝から夜まで授業がくり返される訳で、生徒達もこれをサポートする保護者もそして教える側の俺たちも体力勝負が待っている。講習のペースは春期とほぼ変わりないが、日数が3倍くらい違うのだ。そして毎年思うのであるが、この期間、講師の俺たちが体調をくずすのは御法度である、というのが落ちては行けない綱渡りを強制されているようでなんだか島流しにされた咎人にでもなったような気分だ。

「この大事な時期に体調不良を起こすなんて三流四流のやることだ」

なんて豪語する人もいるが、要は人手が足りないのである。みんなかつかつに授業が詰め込まれているから、誰かが穴をあけたりすると補填がきかないのだ。学生のアルバイトの講師は大学が休講だから時間があって使えるんじゃないか、と思うかもしれないが、彼らは夏や春の長期、また年末年始の時期に旅行に行ったり、里帰りしていたりする。旅行組には

「沖縄行ってました!」

とか、中には

「オーストラリア行ってました!」

なんていう羨ましい話も多い。真面目な女子学生で実家にずっと戻っている子もいるし、欧米の大学へ短期の交換留学や語学研修にいく子もいる。せっかく大学が長期休講なのだから、それぞれ有効に休みを活用している訳だ。若いうちは旅に出るべきだし、そのために普段塾で稼いでいるとも言える。そういう有効活用をせず、大学が休みなのにも関わらず、朝からずっと授業をやる学生講師もいるが少数派だ。そしてそういうマイノリティーの中のコアなタイプが後々、俺たちのような人生(キリギリス的な生き方)を歩むことになるのである。俺も大学時代、ずっと旅行などせず、塾で働いては飲んだくれていた。年末年始、スキーとかにみんなが行ってる間、冬期講習。春休みで国内外へみんなが旅行している間、春期講習。夏休みで海とかへみんながくり出す行楽シーズンは夏期講習である。見聞を広めることもせず、彼女ができるような出会いもなく、ただひたすら授業をして終わったら飲みにいく。入るお金はみな飲み代に消えていく。今と同じ生活のくり返しである。延々と続くループの中から抜け出られず、永劫回帰のように同じ輪の中を回り続ける。気が付くと就職活動の時期を逸し、そのまま、留年し、ついには大学へ通うのが面倒になって中退し、就職できないからとりあえずこのまま塾で教え続けて、あっという間に四十となってしまった。とまあ、これは俺の例であって、菅生くんなどはちゃんと現役で修士まで出て、この仕事が好きでやっているのであるから、何も能動的な行動をとらないまま流されてきた俺とは全く違う。ま、人それぞれだ。話を元に戻すと、授業数が激増するのに、学生のバイト講師が減るから誰もが病気もしていられないほど、パンパンになってしまうという訳だ。体力的にきつい時ほど、体調を壊すことが許されなくなる。どの世界もそんなもんかな? 俺は受験業界以外の労働環境を知らないから、よくわからない。


 さて、大事だ大事だ、とくり返し言われる夏期講習だが何が大事なのか、受験勉強全体のどういう部分を担っているのかを考えてみよう。もちろん、生徒一人一人によって意味は変わってくる。まだ基礎学力に不安がある場合は、この習得が最優先課題となる。1学期までで各科目の単元学習は終わっているが、一回やっただけでは完全でないのが普通だ。だから大概の子はこのケースに当てはまる。各単元をもう一度基礎から確認し、基本的な考え方や知識の定着を目指す。これを夏にしっかりやって、秋から過去問を解きつつ、志望校の対策を作っていく。このレベルの場合、入試問題に傾向があるとはいえ、大体は突飛な問題は出題されないから、大事なのはやはり基礎である。うちで言えば、南出、りる、充、大悟の国語社会などである。

 それより少し上のレベルになると基礎の確認と同時に応用問題への対応をやることになる。この場合も応用と言ってもやることはほとんど決まっているから、勉強の方法は基礎学習とほぼ同じである。扱う問題の難度があがるだけだ。ただ、やや違うのは次のようなことだ。

 例題などで「こうこうこうやって解くのだ」ということを習ってそれを練習問題でくり返し、習得していく。これが勉強だ、と思っている人が多いが、これは勉強の半分である。その逆の取り組み方、つまり、いきなり問題を与えてどうやって解くのかを考えさせる方法が残っている。実際に手を動かし、試行錯誤して、その中から規則性や法則性を見つけ、これを使ってさらに先を解く。前者は演繹であり、後者は帰納である、といってもいい。中学入試では上位校になるほど後者ができるかどうかを求めてくるケースが多い。だからレベルが上がるにつれて後者の学習法を増やしていくことになる。そこが基礎レベルと中級レベルの差だ。うちのクラスなら春生、飯田、かえで、ナナ、などがこれに該当するだろう。

 さらに上になるとこの帰納の作業が多くのウェイトを占めてくる。トップレベルでは習ったことだけで解ける問題では差がつかないし、上位の学校は知識や解法を頭に詰め込んだ子より、自分で工夫できる子、預かって6年間教えてそこで伸びる子の方を求めているからだ、とも言える。ただし有名大学の付属校の場合この限りではなく、処理能力の高さ、スピードなどが重視される傾向がある。ナナの場合ここを鍛えていくことになる。進学校の上位を目指すなら帰納による解法を夏から練っていく。うちでは織田、祐子、かえでの国語、大悟の算数理科、飯田の算数がこれにあたる。


 各人の夏の目標はそれぞれのレベル、得意科目か苦手科目かによってこんな感じで決まってくる訳だ。

懸案になっていた補習に対する俺たちのお手当であるが、

「授業給は出せないが事務給なら」

という司馬校長に対して、

「ふざけんな!」(とは言わなかったが)

と拒否したところ、事務給として、しかし時間を倍増して(実際にやった時間の倍やったことにして)対応するという返事がきた。まあいいか、とも思ったが菅生くんの補習代もこれによるので、

「3倍増で頼みます」

と言ったら

「では2・5倍増で」

とのこと。なんだかみみっちい交渉をしているようで嫌になってきて

「今日はこの辺で勘弁しといたるわ!」(実際にはもっと丁寧な言い回しで)

と答えた。まあ、なんとか菅生くんに対しても面目は立てたか。しかし夏期講習中の補習はちょっときつい。俺たちに開いているコマが殆どないからだ。また生徒の方も体力的にしんどいかもしれない。それでも、必要になったらやるしかないが、補習頼みになりすぎるとこういう無理が生じてくるから、補習はあくまで補助として、という感覚を俺たちも生徒達も持っていた方がいい。それに時間を増やして申告するとなると矛盾が生じかねない。くり返すが講習中は俺たちに空きコマがない。授業時間と事務仕事を同じ時間帯に重ねてしまうと齟齬が出てしまうのだ。春のように授業前に呼び出すしかないが、それも30日の長きに渡っては厳しいだろう。

 ここまでの話に加えて、自習時間の効率アップも必要だ。やはりここがキモだ。自分一人で勉強している時間の伸びが受験の合否を左右するといっても過言ではない。その最たるものが合宿だろう。だから合宿前の講習前半から、自習時間の集中力向上とその持続を鍛えておくべきだ。織田のように放っておいても大丈夫な子は稀で、自習の上がりに「何を」「どれだけ」「どんな時間で」やったのかを一人一人チェックしていく地道な作業が必要だ。酷い場合は漢字の学習と称して1時間もかけて数文字しか覚えていないとか、歴史マンガをタラタラ読んだだけとか、それで「自習していました」と大きな顔をする奴もいる。ここもしっかり検問すべきだ。もっと入試が近づいてきて本人達の意識もできてきたら、そこまでの手間はかけずともよいだろう。というより、その時期はその手間をかけている余裕が我々にもない。


 さて自習の話が出たところで、一人の卒業生について話しておこう。彼は5年生の始めにうちにきて、そこから実に順調に伸びていった。俺の計画では6年生の年内に第一志望の合格ラインのギリギリ手前まで引き上げて残りの一ヶ月で一気にスパートをかけさせるつもりだった。しかし、彼は9月の模試で早くも合格ラインに手が届きそうになり、年末には合格者平均を超え、1月半ばの志望校別の模試でなんとベスト10まで来てしまった。素晴らしい話なのだが、そこから悲劇が始まる。元々ヤンチャな、いたずら好きのタイプで散々俺に怒鳴られてきた子だが、ここで彼は

「ぼく、もう受かっちゃうもんね」

と思い始めたのだ。

「お前、入試が終わるまで絶対に油断するな!油断した奴は必ず落ちるぞ」

と何度も言ったがその度に真面目な顔をして

「いいえ。油断していません。今日も頑張って自習していました」

と言う。実はその年は自習室に俺のスパイが送り込んであって、そこから俺が近くにいないときの情報を得ていた。そういうことを時々やるのだ。このスパイとは同じ学年の受験生で、誰かがサボっていたとか、しゃべっていたとか、寝ていたとかの通報を秘密裏にしてくる。こんな役は男子には難し過ぎて無理だ。その年の女子の中で賢い(勉強ではなく人間的に)子を選んで協力してもらっている。そしてその年のその役を頼んだ女子は大変に美人であった。その油断が懸念されるヤンチャ男は、自分の模試の成績をわざわざ机の通路側に見せびらかすように置いて彼女の気を引こうとしたらしい。それでも振り向いてくれないので、ついに彼女と二人だけになったタイミングで成績表を手に持ってチラつかせながら

「ねえ。見る?見る?」

といってきた。ウザイなあと思いつつもそちらを見るとすごい成績。

「わ、すご!」

と彼女が驚いたとき、満足そうに

「おれ、神じゃねえ?」

と言ったそうだ。慢心の極地である。それを具体的には彼女の立場もあって言わなかったが

「お前、本気で勉強しろよ。受かったつもりになって浮かれてたら絶対落ちるぞ!」

と毎日注意したが、俺の前ではいい子を演じ続けた。そして俺のいない間、自習の振りをして遊び惚けた。俺が何も知らないと思い込んで。

 かくして第一志望の合格発表の日、合格を確信していた彼は校門をスキップしながら通過し、掲示板の前で自分の番号が無いのを見て、固まってしまった。おかあさんに引きずられるように去っていったと聞く。

この失敗を変に捉えて欲しくなかった俺は後日、おかあさんとともに塾に来てもらった。面談室で落ちた理由を自分はどう思うのか聞いてみたところ、何も答えない。おかあさんが助け舟を出して

「緊張しちゃったんだよね」

というと頷いた。そこでおかあさんの前ではあったが、俺は怒鳴った。

「うそをつけ!お前、自分でわかってるだろ!自分はもう受かってるんだって油断してただろう!」

だまって、なにも答えなかった。

「もういい。これで一番の勉強になっただろう。俺なんかに習ったから、こんなことになったんだ。生徒は教師の鏡ってな。自分に甘い人間になったのはきっと俺のせいだ。すまなかったな。でもお前なら押さえの学校からでもどこの大学だっていけるさ。真剣に勉強すればの話だが。それだけの頭脳はおとうさん、おかあさんからもらってるよ。だがな、今回の失敗でしっかり学べよ。もう二度と本番前に油断するな。それから、もう二度と人の前で自分の力を自慢するな!」

おかあさんは目に涙をためながら

「ほら、先生に自分でちゃんとお礼をいいなさい」

と言われた。おかあさんに再度促されて、もにょもにょとお礼めいた台詞を言い始めたが

「形だけの挨拶なんていい!やめとけ。何年か経って、思うことがあったら、そのときに心の中でそう思えばそれでいい」

彼の言葉を遮って、そう言った。

 おかあさんに肩を抱かれながら、あのヤンチャ坊主がここまでシュンとなるか、と思うほど小さくなってお辞儀をした彼の姿が忘れられない。もし、あのまま受かっていたらきっと傲慢な男になっただろう。いい勉強になったと思う。そしてきっと大きく成長してくれると信じている。しかし、神様は大胆な審判を下されるものだ。彼を思い出す度、あんな思いはもうさせたくないという気持ちになる。俺にも油断があったのだ。今年の連中には、絶対に油断することも、うそをつくこともさせまい。