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 うちのバンド「Pure Well Right 」の新アルバムを出そうという話は去年、前作ができたときからあった。

秋のツアーに向けて夏の間に作ってしまおう、という事で意見が一致。そして前作のミニアルバムに収録された4曲を含め、新たに何曲か加えてフルアルバムにするという点でも話がまとまった。

 

 これを受けて、まずYoshiさんがギターの録りを始めた。それをMasaのところで音楽制作ソフトに取り込んでいく。いつもながら多量のデータだがこれらをまとめて、曲の骨組みを一つ一つ作る。つまり伴奏のパートを作る訳だが、勿論Masaが伴奏を弾くところは彼が自分で録っていく。ここまでの作業でも大変な労力で、二人に感謝なのだが、僕もその間、自分なりにやらなければいかんことがある。

 今回は「ライブの勢いやノリをできるだけスタジオ録音に活かす」というコンセプトだったので、録音中にチューニングメーターで音程を確認しながら吹くことをやめようと考えていた。メーターを見ながらでもライブ感を出せるようにするのか、メーターを見なくてもピッチを保てるようにするのか、どちらも大事だが、今回は熟考した結果、後者を選ぶことにした。どうしても視覚で何かを確認していると安全運転的な演奏になってしまう(僕の場合)。普段から録音クオリティーで吹いてろよ、という話だが、この点は反省。

 という訳で、毎日チューナーを見ながらロングトーンを吹き、曲の練習もピッチがずれやすいところをチューナーで探って覚えていった。耳を鍛えることと、パッションを吹き込むことが相反しない、この音楽のド基礎に立ち返って特訓した。

 そしてもうひとつ。Masaの曲はシンプルに聴こえるものでも実はかなり難しいのであるが、今回もハードなのがある。特にアドリブ部分は勢いで吹いてしまうとバックの和音の変化に合致しない恐れがあり、要注意。録音はずっと残るものなので、変な音は出せない。かといって即興の勢いは必要。これも事前の練習あるのみ。

 家で練習できないときは、公園やどこか広いところで吹いた。管楽器の練習にほどよい感じのガード下があり、2年前までここに住み着いていたホームレスのおじさんが今年は見当たらなかった。真夏の灼熱の日差しを避けて彼と僕で日陰を取り合っていた仲(?)なのに。僕の武器はうるさい(彼にとって)尺八の音であり、彼の武器は野良暮らしで鍛えた強力な匂いであった。競争相手がいないのはありがたいが、寂しい気もする。

 彼はどこかで生きてるんだろうか?まあ、僕だって人を心配できるような身分ではないが。



 そして8月初旬、Masaから連絡があり、尺八の録りを始めることになった。時間が限られているから、納得できるまで何テイクも延々録り続けるなんてできない。できるだけ少ない回数でズバっと決めたい。満を持して、といいたいところだが、正直あっという間に録りを迎えてしまった。

 もっと練習したかったが現状でベストをつくすしかない。これはYoshiさんもMasaも同じだろう。常に現状よりも上の音をイメージできないとミュージシャンとしては終わりだ。だとするといつまで経ってもベストの録音なんていってもキリがない。時間その他の制約があるからこそ、録音という作業ができるのだ。

 いよいよMasaの楽器と機材で満杯の仕事部屋に入った。ここは本当に普通の楽器屋さんくらいに楽器と音響機材で溢れかえっている。10を悠に越えるギター達と何枚のシンバルがあるのか、まるでシンバルの試打室みたいなドラムセット、何台かのPCに、ミキサーもいくつか稼働している。音響機材も数知れずだ。


Masaのギター達 

今回使われたギター達。


自慢のシンバル群 

龍のうろこみたい。これらも大活躍! (写真提供:Masa)



愛用の自前チューナーはうちに置いてきた。いざという時の備えで持って来るのが常識だが、敢えて退路を断つ気持ちを優先。ここで用意された席に陣取って、尺八を録るのだが、モニターで聴いたYoshiさんの音がすばらしい。去年の録りのときも感じたが、それにも増して音の充実感がある。そしてテンポの速い曲は、ライブ並みの疾走感を持って、という約束がビシっと音に現れている。「こりゃ負けてられんぞ」と気合いが入るが、勢い込んでピッチを忘れないように、と自分にいいきかせて録りに入った。

 1曲目は一番やりやすいのを選んで吹かせてもらったので、すんなりOK。2曲目におそらく手こずるであろう難曲をもってきた。疲れないうちに勝負をかけたい気持ちもあり、時間の制約がかかる前にやっておきたくもあった。Masaが作ったギターのパートは流石のクオリティーで聴いていても自然にのめりこめる。肩の力をぬいて、一気にギターの音の中に自分を投げ出した。結果は

「いままでで一番いいソロですよ。これ、活かしましょう!」

とMasa。いや、うれしかったです。うまく難所を越えたので、この勢いで録音を進めていった。結局、時間一杯を使って、最低限の予定曲数は録り終えることができた。まだ、Yoshiさんからあがってきていない曲もあり、予備として空けていた次週に残りを録ることになった。



 初日終了の感想だが、「これはすごいアルバムになる」という予感がリアルにあった。次回の尺八録りまで、一週間あるが、その間もギターの二人は休む間もなく録り続け、また調整し続ける。僕も練習と秋からのツアーの準備に精を出す。朝から深夜まで、チェック用に上がって来る音源を聴いて意見を交換したり、修正したりという作業が連日連夜続く。日本一のスコアアナライザーでもあるYoshiさんと耳のいいMasaは実に細かいところまで的確にチェックしていくが、僕はなかなかそうはいかない。いかないながらも何か気付くところがないか、何かアイデアが湧かないか、と思ってひたすら何回も聴きまくった。



 そして次の尺八収録の日、Masaから要請があって、前回の音に加えてさらに吹くことになった。ここで、曲をモニターしている中、Masaの曲の終わり方について、あるアイデアを出したところ、これが採用になった。僕も役に立ったことがうれしかったが、この仕上がりはちょっとすごいです。どうなったかはCDを聴いてのお楽しみ。

 この日はYoshiさんの大曲を録り終えないといけない。そして現場にYoshiさんからネットで尺八のハモリが追加で送られてきた。手書きの譜面を見て、ゲゲゲっと衝撃。尺八で出しにくい音がズラっと並んでる。楽器を変えたり、換え指を駆使したりなんとかしようと考えたが、どの手もどこかが難しくなる。というより、演奏不可に近い。これ今から録るの?まじかよ、と思いながらも「できませんでした」とは言いたくない。ちょっと練習時間をもらってやるだけやってみた。この他、まだ録り終えていない曲をなんとか時間までに終了。終わったときは頭がからっぽになった。



 またここから先週に輪をかけてチェックと修正の嵐であった。この大変な作業に加えて、Masaは自分のパートを6本のギターを使い分けて収録し、ドラムアレンジをしてこれを自分で叩いて収録し、パーカッションや鳴りものも何種類か録った。このうえに莫大な数の音データをミックスし、編集し、かつまたマスタリングまで一人でやるのだ。頭のいいやつだとは常々思っているが、こりゃ常人じゃ無理だ。集中力、体力も半端じゃない消耗を強いられる。一人じゃ限界があるから、できるだけ二人が音を聴いてチェックをしていくことで、彼をサポートする。

 そしてこの作業をさらに強化していく中、予定にはなかったが、さらにもう一度尺八を録ることになった。細かい部分だけだが、「美は細部に宿る」の格言通り、できる限りのことはやりたい。

 その収録の最中、ヘリコプターがしきりに低空で飛んで来た。隣国の情勢が関係あるのかと思ったが、Masaによると元々よく飛んで来るのだそうだ。防音がなされた部屋であってもヘリの飛ぶ爆音が入っちゃまずいので、その都度、遠くへいくまで待っての収録となった。

 ここで僕はある曲のある部分でヘリの音をまねた演奏したので、CDを買った人は探してみてください。ほんのちょこっとですが。



 余裕をもって立てた日程のはずだったが、結局、最後の最後までつめつめの作業で、本当にこれがラストチャンスというギリギリまでかかってようやく完成した!この間、三人とも体力と気力の限界に挑戦し、また大いに意見を交換し合い、そして同じ目標に向かって全力を尽くした。

 前作のミニアルバムから4曲を持ってきたが、すべて録り直しもしくはリミックス、リマスターで前と同じものはひとつもない。テンポアップしていたり、ソロが変わっていたり、なかった音が入っていたり、違いを楽しんでいただけるようにした。

 間際までMasaにマスタリングをがんばってもらい、我が家に集まって、プレス会社に入稿する最終の音チェックを三人で一緒にやって、ビールを飲みながら今後の作業について話し合った。ジャケットデザインや宣伝の方法、その他やることがまだまだ山積みで、それが終わったら即、ツアーの準備、そして怒濤のツアー&新アルバム発売を迎える。


 初日の予感通り、このアルバムはこれまでにない素晴らしいものになると思う。この確信をもって、小稿を終えたいと思う。


 

 僕らは今、このバンドに全力を注いでいます。ツアーに来てくださるみなさま。僕らの渾身のライブを、そして新アルバムをお楽しみに!







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そしてツアーのファイナルとして10月15日(日)に東京吉祥寺でのライブをおこないます。
ツアーで得たバンドのパワーと結束をいかんなく発揮します。
新曲とともに新フルアルバムも乞うご期待です。現在の持てる力を結集した珠玉の自信作となります。
みなさま、乞うご期待。是非、お見逃しあそばすな!!
ライブのお客様に名古屋の銘菓 松河屋さんの和菓子を進呈します。お楽しみに!

10月15日(日) 吉祥寺 ROCK JOINT GB 
Open17:30  Start 18:30  ¥3000(1drink別)
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-13-14 B1     tel:0422-23-3091
http://info85594.wixsite.com/rjgb

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世界で唯一。尺八+ツインギターで魅惑的な音空間を展開するバンド「Pure Well Right 」の今年のツアーが始まります!

ツアーに合わせて製作中の新フルアルバムも録音快調です! ご期待ください。

9月29日(金) 笠岡 「カフェ ド 萌」19:00 Open 20:00 Start     ¥2500(1drink付)
9月30日(土) 大阪 「Live Bar D.III」17:00 Open 18:00 Start    ¥3000(drink別)
10月1日(日) 名古屋「りとるびれっじ」17:30 Open 18:30 Start  ¥3000(drink別)

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2017.08.07 Glory 20

 僕の塾のバイトが春期講習となり、忙しく過ごしていたらあっという間に四月も中旬になってしまった。地元のライブハウスでの演奏も間近になってきた。今回はリョウさんとのいつものデュオに加えて、ゲストとして箏奏者のつのだみかさんに出てもらうことになった。彼女ともなんだかんだで二十年近い付き合いになる。今や日本を代表する箏奏者の一人であるが、長年の付き合いで僕らのライブにも出演を快諾してもらった。僕とリョウさんでやっていた曲のいくつかをリョウさんがアレンジし直して加わってもらうのだが、どんな出来具合になるか今から楽しみである。楽しみといえば、一番楽しみにしているのは、やはり里香だ。大きな成果を得たアジアツアー以来、人前に出るのは初めてだし、里香にとっては自分が倒れてから初めての僕の舞台だ。彼女の方が僕よりテンションが上がっているようで、海外にいるお兄ちゃんに電話で散々この話をすごい入れ込みようでしていた。そして、それなら、ということでなんとアデラと二人で東京に観に来ることになってしまった。ありがたいやら、申し訳ないやらであるが、自分としては、アジアツアーで得たものをぶつけるいい機会であるし、家族にいいとこみせたい気持ちもあった。そして今回は何か予感のようなものがあった。

 

 リハーサルは順調に進み、集客も今回はみなさんの反応がよく、お店のキャパにすぐに近づいた。あれこれ紆余曲折があったのは里香の移動に関してだ。かなり歩けるようにはなっているものの、やはり保険で車いすを使うべきだが、隣町のお店まで、一駅ながら電車に乗るとなると階段を3階まで上がらなければならない。それならタクシーで、というと車いすをタクシーのトランクに積めるのかどうかが分からないとか、お金がもったいないとか言う。挙げ句、僕が車を運転できないことをなじられたり、バイクなんぞに乗ってるより、家族のために男なら車くらい持てよ、とかこっちを攻撃して来るので、逆らわずに「はいはい」と言いつつ、海老のように頭を低く後ろ向きにさっと下がって一定の距離を置いた。何日かこの件でああだこうだとあったが、結局お兄ちゃんが電話で、

「普通のセダンのタクシーなら車いすは積めるよ。タクシー代くらいお兄ちゃんが払うよ。どうせアデラも乗るんだし」

と言ってくれたお蔭で、すべて丸く収まった。


 いよいよ本番当日、リハーサルの為に早くお店に入った僕を除いて、家族4人が夕方お店にやってきた。事前に用意してもらった車いす用の席二つをはさんで4人が正面後ろのいい場所に陣取った。西ちゃんのお店の常連の仲間達やいつも来てくださるファンの方であっという間に満席となった。最後の方にやってきたケイスケとミサの夫婦が里香の方へ駆け寄って再会をよろこびあった。ミサは一言、

「里香さん・・・・」

と言っただけで泣き出してしまった。その彼女の頭を大きな手でなでて

「ありがとう」

と言った里香の横顔が美しかった。

 本番前の楽屋で、曲順やくり返しの確認をしたら、リョウさんとみかさんの二人が、僕のことを

「変わったよね~」

「変わった、変わった」

と言った。何がそんなに変わったのか、前が随分と頼りなかったから、それが少しはましになった、ということかと思ったが、そんな自覚はまるでない。

「何がやねん」

というとリョウさんが

「変わったし、多分純ちゃんは自分でわかっとらんやろうけど、前より強くなった」

と言った。そうかなあ?まあ、そうならいいことだが。

 そして、ライブが始まった。予感はあったが、絶好調である。二人の息もピッタリだし、自分でも不思議なくらい尺八が鳴る。心の中に湧き上がって来るパッションがそのまま音になった。逆に鳴らし過ぎないように、フォルテばっかりの単調な演奏にならないように、弱音を大切に!そう考えながら吹いていた。鳴らすときには思い切り鳴らせた。ゲストのみかさんが入って、さらに音の伸びが出た気がする。そして途中で失速することなく、尺八で歌いまくったまんま最後の曲までできた。拍手も大きかった。やはり生で聴いていただくのが一番いい。お客様にも今日のノリが十分伝わっているのが、拍手の熱さと表情でわかる。やったぞ!という手応えを感じながら、最後のMCをした。

「今日は本当にありがとうございました!二月のアジアツアーで掴んできたものをリョウさんと二人で出し合おうって話していました。みなさんの前でそれが出せたんじゃないかと思います。ありがとうございました。ええ、そして、個人的なことなんですが・・・妻の里香が病気で倒れて入院していたんですが、長くかかってみなさんにもご心配をおかけしましたが、お蔭さまで、なんとか、帰ってきてくれました」

場内に一層の拍手が広がった中、正面奥の席に居る里香が長い両腕を上いっぱいに拡げて満面の笑みで答えた。ちょっと大袈裟なようだが、その表情は太陽のように輝いて見えた。そして大きな拍手の中、アンコールの曲に突入した。


 お店で簡単な打ち上げをすませて早めに帰らせてもらった。いいライブができたので、いつもならみんなで夜更けまで飲むところだが、今回は早くうちに帰って里香とおかあさんに会いたかった。お兄ちゃんとアデラは近隣のホテルをとってあり、そちらに泊まるそうだ。電車には乗らず、なんとなくうちまで歩いて帰りたかった。楽器や機材を入れた旅行カバンをゴロゴロ引きながら、一人、夜道を歩いた。今日、いい演奏ができたのは誰のお蔭なんだろうか?共演者には間違いなく恵まれた。ツアーの好影響か、お客さんの応援か、家族の力か。みんな全部かなあ。そして見上げた夜空に長い腕を拡げていた里香の姿が思い浮かんだ。一番はおまえか。そうだよな。ありがとうな。隣町のライブハウスからうちまで、主要道路をはずれて住宅街の道をジグザグに進んだ。しばらく歩くと偶然、去年の十二月に「クリスマスまでに帰ってこい」と思いながら、九ちゃんの歌をうたって歩いた通りにきた。あのときは涙でうたった歌をもう一度うたってみた。クリスマスどころか、3月になっちゃったよ。でも・・・でも帰ってきてくれた。ちゃんと帰ってきてくれた。少しずつだけど元気になって、今日はライブに来てくれた。ああ、神様。感謝します。なんだかジ~ンと来たが、涙はない。今夜は笑顔だ。泣いたり、笑ったり、いろんな顔で見上げる僕らを星達はどんな風に思っているんだろうか。ゴロゴロカバンを引っぱる音が近所迷惑じゃないかと気になりだした頃、うちの近くまでたどり着いた。カバンを持ち上げて少し早足でうちまで急いで、ドアを開けたら里香が部屋から出てきた。おかあさんはもうおやすみのようだった。

「おかえりなさい。じゅん、きょうよかったよ。すごくよかったよ」

「ただいま。ありがとうな」

きっと膝の上にいたのだろうナオも足下にすりすりしてきてお出迎えだ。荷物を置いてナオを抱き上げて里香の手を引いてリビングに入ったら、なんだか急に自分が大人になったような気がした。え? 今、俺、おとうさん? ほんまかいな。万年小学生の俺が?仕事がうまくいって、心地よい疲労感の中、家族に迎えられる大人の男の気分をほんのひととき味わったような。そんな気分を感じながら、ソファに寝そべったら、里香がくっついてきた。その僕のお腹の上にナオがポンと飛び乗ってきた。




2017.07.06 Glory 19
 教習所通いがすすむにつれて、はじめはビビッていたナナハンにも少しずつ慣れてきた。そうなるとだんだんに周りの人のことも見えてくるもので、教習を受ける人にも、上手い人、下手な人いろいろいる。それは当然なのだが、僕の目を引いたのは教える側の人達だ。教官の中には元交通機動隊のライダーだった人もいて、彼らの運転技術といったら、もう、あっけにとられる程上手い。教習がお休みのお昼の時間にある教官が練習しているのを見たのだが、V型エンジンのVF750(僕は乗りにくいと感じた)でフルロック8の字ターンとかを平然とこなす腕前に目が釘付けになってしまった。それにひきかえ、僕はといえば、実は普段から平衡感覚に自信がなく、超低速で行われる教習に不安いっぱいであった。しかし、ある教官にそのことを言ったら
「ええ?いやいや、小林さんはバランスいいですよ。安定感あります」
と言われた。実に意外な反応だったが、そういえば、ある教習生の人から
「いつも小林さんを見て参考にさせていただいてます」
とビックリするようなことを言われたことがあった。彼が言うには、コーナーに入るとき、いつもバランスをくずしてしまうのを僕の動作を見て「ああ、こうするのか」と思ってその通りにやったら、うまく出来るようになったのだそうだ。少なからず驚いたが、そういえば、シートに座るよりステップに立った方が重心が下がるとか、フロントのサスペンションを沈ませずに減速するのにリアブレーキを踏むとか、半クラッチでコーナーを曲がるとき内側に傾き過ぎたらアクセルを開けて車体を起こすとか、そういう基礎の基礎は学生時代に軽量のオフロードバイクでダートを散々走って、何回も倒けながら体が覚えてきたのだった。自分は意識なしにやっていたことが、端から見れば、ちょっとした豆知識みたいになっているのかもしれない。20年を経て、そういう体にしみ込んだ基礎が生きてきたのだとすれば、それはとてもうれしいことであった。自分の感覚と人の評価が違うのはよくあることだが、大抵は自分がいいと思っても客観的にはダメ、という方が多い。今回は逆のケースで、ちょっと誰かに自慢したくなったが、誰に話せる訳でもない。そこでうちに帰ってから、里香に自慢してみた。すると里香らしい意外な言葉がかえってきた。
「あなたは、いつもすごくぶきようか、すごくきようかのどっちかね。ふつうってかんじのことがないわよ」
「そうかな。じゃあ、僕はどっちイメージの方なんかな?全体として」
「ん〜〜? てさきはぶきよう。からだはきよう?」
「なんじゃそれは!」
しかし言われてみれば、そうなのかもしれない。僕の父は、大変手先が器用な人で、さらに運動神経もよかった。弟は父とよく似た手をしており、器用さも受け継いでいたが、僕は父と全然違う手で、しかもすごく無器用だ。子供の頃、兄弟で父から釣りを仕込まれたが、弟はどんな糸の結び方もすぐ覚え、器用に結んでさっさと釣っていたが、僕はそれができない。いつまでもモタモタしている僕に父はイライラして
「トロトロトロトロなにしとんのや!人間ちゅうもんはそこまで無器用なもんか?」
とけなし、挙げ句には
「どこまで鈍くさいんや、お前は!お前はほんまにわしの子か?」
とまで言った。この台詞は他にもいろんな場面でよく言われたが、そんなことを言われても実の子供としてはいかんともしがたい。悲しい思いを強いられたが、実は今も糸を結ぶスピードはその頃と変わっていない。大人になって、釣りも父に教わった餌釣りからフライフィッシングに変わり、結び方の種類も多様になり、なのに無器用さはそのままで、今でも川の流れの中に立ち込みながら、リーダーやティペットを結ぶのに悪戦苦闘をくり返しつつ、父の台詞を思い出してはため息をつくのであった。これに対して運動神経の方はと言えば、父や弟ほどではないが、まあ、普通より少しはいいのかもしれない。やってきたスポーツはトップの層ではないが、中の上よりはできたつもりだ。みんながややこしくて困惑するようなある種の動作をいきなりできたりもする。かといって、スポーツで活躍して注目を集めるほどでは全くない。おしなべて、まあまあ、と言ったところか。手先は親に見放されるほど無器用で、運動全体は悪くない。まとめてみれば、こんな感じで、里香の言っていることは的を得ていると思う。僕はいろいろな面で、長年やっているのに全く進歩しないことと、経験通りに進歩していくものがはっきり分かれているように思う。例えば、仕事上、算数や数学の計算は普通の人よりも遥かにたくさん、しかも長年に渡ってやってきているが、ひき算のくり下がりがいつまで経っても苦手で遅い。他の計算や式変形は経験なりに速くなってるが、そこだけがいつまでたっても小2か小3の頃のままなのだ。だからくり下がりをしなくてもいいように頭の中で別の変形をしたりして対処している。そんなことしなくても普通に計算した方が速いように思うだろうが、それが僕の場合そうではない。ついでに言っておくと、運動や器用さではなく、全体として僕はどんな子だったのか、というと、優等生でもなく、不良でもない。かといって普通の子でもなかったと思う。ではどんな子なのかと聞かれても、自分ではうまく説明できない。きっと「ちょっと変わった子」であり、それがそのまま大人になってしまった、というところだろう。自分がどんな人間なのか、という自覚が実は僕にはよくわからない事のひとつであったが、里香と付き合って、彼女にいろいろ聞いて、だんだん、なんとなくこうかな?というイメージが掴めてきたのだった。僕は思春期の頃から二十代の後半まで、女性との交流が全くなかったので、自分がどんな奴なのかをわからないまま生きていた。男同士で「俺はどんな人間か?」なんて質問してたら変だし、やはり、恋人や配偶者から学ぶことは大きい。そういう意味でも里香には感謝している。

 今年は、随分暖かく、季節の進行が早いのか、あっという間に桜のつぼみがほころびだした。このペースだと満開になるのは3月中で4月の声を待たずに散ってしまうかもしれない。花見の計画も少し前倒しにしないと歩けるようになることを待っていたら肝心の桜が終わってしまう可能性も出てきた。そこでおかあさんと三人で相談して、車いすを使って花見にいこうという事になった。本人はそれでも歩けるところは自分で歩く、と主張したので、その意思は尊重しつつ、無理のないように、判断は僕に任せるように約束させた。うちの近所には有名なお花見ポイントがいくつかあって、都会の川の両岸に並んだ桜並木が川面にかかって花のトンネルのようになるところや、大きな公園の広い芝生に地面すれすれまで枝が広がってさながら桜の雲海の中にいるみたいな気分を味わえるところもある。あまり遠出はできないことを考えて、三人で選んだのは近所の大学のキャンパス内の広場だった。ここも人気のある花見スポットで、里香は子供の頃から毎春ここにくることを楽しみにしていた。花の開き具合と空模様を予想して、一週間後の平日にいくことにした。土日はやたら混むし、人がたくさんいる状況が苦手な僕の勝手な都合でそう決めたのだったが、こういうことの計画中というのは、何かと楽しいもんだ。里香もうれしそうだった。リハビリにも張り合いが出たようで、この一週間は確かに進歩が速かった。不完全ながら僕の予想よりもうまく歩けるようになっていた。そして、いよいよ明日、というときにおかあさんの都合が悪くなってしまった。残念がって日取りを延ばそうという僕らにおかあさんは
「いいわよ、そこまでしなくて。気持ちはうれしいけど、そんな大袈裟な話じゃないし、近所なんだからまたいつでも一緒に行けるじゃない。二人で行ってらっしゃい」
とおっしゃった。まあ、そうだな。電車にも乗らず、歩いて行くんだし、咲いているうちにまた一緒にいけるだろう。
 翌朝、起きて一階に降りたら、もうおかあさんは用事で出かけるところだった。
「あ、ごめんなさい。もっと早く起きればよかった」
「いいわよ。いつも通り寝てれば。おむすびと卵焼き作ってあるから、お花見いって二人でお食べなさい」
「わ。ありがとうございます!よろこんでいただきます」
「じゃ、いってきますね。里香をよろしくね」
「はい。いってらっしゃい」
申し訳ない気持ちだったが、お弁当を作ってくださったことはすごくうれしかった。ごく近所なので、ちょちょいと出かけて適当に時間を過ごしたら帰ってくるつもりだったのが、二人でお弁当を食べる、というイベントが加わって、なんだか充実感が湧いてきた。2階のベッドでまだグ〜グ〜寝ている里香を起こしに行って、おかあさんのお弁当の話をしたら、いきなり起き上がって
「うぉっしゃあ〜〜!!」
と両拳でガッツポーズをとりながら大声で吠えた。相変わらず反応が派手過ぎるが、気持ちはよくわかる。単なるお昼ご飯ではなく、おかあさんのお弁当というのは小学生の頃の遠足のお弁当と同じなのだ。そこにはえも言われぬワクワク感がある。お昼より少し前にうちを出て、車いすを押しながら目的地に向かった。おむすびと卵焼きは里香の膝の上で、僕はお茶を入れた水筒とカメラを肩からクロスがけにしていた。住宅街の平坦な道を抜け、大学の正門に向かう長い坂道を登りながら、いつしか二人で歌っていた。それもテレビの時代劇「遠山の金さん」のテーマ曲や加山雄三など、思いっきり昭和の歌ばかり。二人ともテンションが上がっていたようだ。春休み中の大学内は人通りも少なく、桜の咲き具合も全部の木ではないがほぼいい感じで満開だった。
「おお〜〜、やった〜〜!きれい、きれい!」
「ちょうどいい感じやん。よかった、よかった」
まばらながら、若い主婦と思しき女性が小さな子供連れで何組か来ていたが、空いているベンチはいくつもあった。早速、その一つに陣取って、一番の楽しみのお弁当をいただくことにした。外で食べるおかあさんのお弁当。本当に美味しくて、二人ともパクパク食べてしまった。久しぶりの青空の下の昼食が終わったら、里香が桜の写真を撮りたいというので、車いすを置いて、手を引いてゆっくり歩いてまわった。実は里香は写真もなかなか上手で、この一眼レフも里香のものだ。写真に限らず美的センスの無い僕は、彼女がいうままに家来のように先導していった。花の接写や引いた風景写真など何枚も撮った後、自分達の写真も撮ろうということになり、桜をバックにお互いの写真を撮った。たまたま通りかかった中年の男性にお願いして、ツーショットも撮った。いろいろ桜を観て回り、大いに季節を楽しんだ。しばらく立って歩いたのでそろそろ疲れが出始めた里香を車いすにもどして、ぼちぼち帰ることにしたが、なんだか名残惜しいので、大学の構内を抜けて、反対側の出口から出て少し遠回りをすることにした。
「やっぱりさくらはいいねえ」
「山は富士。花は桜木」
「おんなはわたし」「男は俺」
そんなことを言いながらゆっくりと車いすを押して歩き、多分、構内の最後であろう何本かの桜に差しかかったとき、ふいに突風が吹いた。
「ひゃ〜〜〜〜」
と驚く里香の声と一緒に、桜の花びらが一斉に上に舞い上がった。そして4階まである校舎の外壁に沿って吹き上がった花びらがものすごい量で僕らの上に降り注いできた。まさに桜吹雪だ。
「わ〜〜、すごい〜〜!」
「こりゃ、歌舞伎か、寿歌(ほぎうた、北村想のお芝居)か!」
ささやかなイベントの最後に思いがけないこの花びらの舞。神様も粋な計らいをしてくれるもんだなあ。
 舞い降りる桜の花びらを見上げながら、僕らはここにいること、生きて二人でここに帰って来れた幸せをかみしめ、心から感謝した。


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