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 大晦日の内山チャンピオンのスゴイKOシーンの影響もあって、ここ最近、またYoutubeや古いDVDなどでボクシングの過去の名勝負などを観ながらうち酒を飲む機会が増えた。

そこでとても印象的な過去の一戦を発見した(僕が知らなかっただけだが)。
1982年7月(らしい)WBA世界 J ウェルター級タイトルマッチ(現スーパーライト級)
アーロン・プライヤー vs 亀田昭雄 
だ。あのハチャメチャ大王のプライヤーが日本人と対戦していたのを知らなかったとは僕もうっかりだった。
プライヤーについて少し紹介をしておこう。80年代の前半に活躍した中量級の世界チャンプで、その頃と言えば、レナード、ハーンズ、ハグラーにデュランを加えて「黄金の中量級時代」と語られるスーパーヒーローてんこ盛りの最盛期だ。彼らより少し軽いJ ウェルターにいたプライヤーはフェザーやライト出身のスーパーチャンプ、例えば3階級制覇のアルクシス・アリュゲリョらと対戦し、アリュゲリョの4階級制覇の夢を2度くじいたりしていた。荒々しいファイティングスタイルのせいか、素行の悪さからか、悪役的な売り出し方をしていたように記憶している。プロレスだけじゃなくリアルファイトのボクシングにも悪役は少ないが存在して、死刑執行人の格好をして入場するバーナード・ホプキンスや漫画はじめの一歩に登場するブライアン・ホークのネタ元「悪魔王子」ことナジーム・ハメドなどがこれにあたる。プライヤーも含め、みなとんでもなく強い。何もそんな演出しなくてもいいのに、と僕なんかは思っちゃうが、プライヤーも肩に猛禽類をのせてサーブルを持って入場とかしてたようだ。アリュゲリョとの2度目の対戦後、一時引退するが、薬物に手を染め、人生裏街道をまっしぐら。その後、リングと病院と刑務所を行ったり来たりし、90年代に薬物との縁を切り、教会の助祭になったらしい。ボクシングの技術的には、ナジーム・ハメドもそうだが、教科書に全くない打ち方とよけ方をする人で、変則ファイターといっていいだろう。アリュゲリョを2回もKOしているように王者時代は、まさに手がつけられないほどの強さだった。
このプライヤーに挑戦した亀田昭雄選手は長身のサウスポーで日本国内ではダントツの実力者だった。映像を見るとハーンズほどではないにせよ、逆三角形に鍛え上げた体はタイトル奪取にかけた意気込みを感じさせた。ただし、当時のプライヤーに日本人がかなう訳がない。5回目の防衛戦というから、絶頂期かと思う。致命的な怪我を負わないでなんとか無事にリングを降りて欲しい。そんな思いで試合を観たが、なんと1Rに亀田がダウンを奪う! 瞬時に立ち上がって猛反撃に出るプライヤーだが、動きが速すぎてレフリーがついていけない。逆襲される亀田とラッシュをかけるプライヤーの間にレフリーが割って入り、元気な方のプライヤーにカウントをする、という珍展開に。その後も、プライヤー優勢の中、随所にいいパンチを当てて攻勢に出ようとする亀田だが、なんせプライヤーが柔軟で、というか見た印象のまま言えばクネクネマンでいっこうにパンチが効かない。6Rまでにダウンを複数奪われ、ついにTKO負けとなった。
しかし立派である。あのトンデモ王者のプライヤーにひるまず、あそこまで健闘するとは!
この試合、僕の中では、3階級制覇(今で言えば5階級全団体統一制覇)を狙って適地で挑戦し、3回もダウンを奪いながら不可解な判定でタイトルを逸したファイティング原田さん、ライト級時代の宇宙1強いデュランに適地パナマで挑戦したガッツさんの試合と並んで、「負けたけどすごいぞ!」日本人世界戦のトップランクに入りました。

プライヤーvs亀田


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久しぶりのボクシングネタである。
昨日、フロイド・メイウェザーがミゲル・コットを判定勝ちに下した。
無敗のまま5階級制覇を達成したメイウェザーと3階級にわたって通算12回も防衛しているコット。まさにスーパーマッチだ。
メイウェザーは長いブランク明けだし、コットが絶好調なのでひょっとしたらメイウェザーの無敗神話が終わるかも、と思ったが、相手が強豪であるほど神懸かり的にその上をゆくメイウェザーの底力を見せつけられた。

メイウェザーの5階級制覇とかパッキャオの6階級制覇(フライ級からスーパーウェルター級まで途中4階級をとばして)とかかつてはマンガの話にも出てこなかったすごいことが起きていて、本当にどうなってるんだ、という感じだが、それでは日本人はそういう世界の注目を集めるような大活躍はしていないのか、と思われる方も多いだろう。

残念ながら亀田興毅の3階級制覇は、ほとんど注目されていない。強豪との対戦がないし、日本国内でしか試合をしていないからだ。

亀田に限らず、これまで日本人の世界チャンピオンは、ほとんど国内でしか防衛戦をしてこなかった。
自国で闘うのと適地に乗り込んで闘うのでは、ガッツさん曰く「天国と地獄」の差があるという。
適地での防衛成功は、わずかに渡辺二郎が一回だけあるが、これは記録作りのために仕込まれた安全運転的マッチメイクであった。
その後、長い間、誰もこの壁に挑戦して打ち破った日本人王者はいなかったが、ここで我らが西岡利晃がやってくれた。この話は、前回、語った。http://goinghome153.blog76.fc2.com/blog-category-8.html

最強の挑戦者であった強豪ジョニー・ゴンザレス(後に長谷川穂積をKOしてフェザー級王者になり現在に至る)を適地でKOしたことは、世界的には非常におおきな反響を呼んだ。その後もムンロー(英国)やムニョス(アルゼンチン)といった強豪を相手に防衛を重ね、去年の10月、ついに7度目の防衛戦をボクシングの聖地ラスベガスで、2階級制覇のラファエル・マルケスを迎えて行うことになった。ついにラスベガスで日本人王者がメインを張るのだ。
WOWWOWでの中継で、ゲストの香川照之氏がさかんに
「これはすごいことなんです。」
「歴史が作られる瞬間です。」
といっていたが、ボクシングファンでなければ、それがどれくらいすごいことかピンとこないかもしれない。サッカーに例えるとするなら、僕らが10代の頃(70年代)は、日本代表がワールドカップに出場する事自体が夢のまた夢だった。まさか日本代表がワールドカップで決勝トーナメントまで勝ち上がるなんて、マンガでも恥ずかしくて描けないくらいだった。西岡のラスベガス進出はこれにあたると思ってもらっていい。

ラスベガスでの興行は、当然のことながら賭けの対象になる。したがって動くお金も桁外れに大きく、マッチメイクも王者有利の安全運転など通用しない。実力伯仲の強豪同士の対戦でなければ、興行自体が成立しないのだ。

常々、世界的に名の知れた強豪との対戦を口にしていた西岡にとって、すでに2階級を制覇し3階級目を狙うマルケスとの対戦は、まさに人生を賭けた大勝負となった。

試合は、前半、一進一退の好試合が展開され多いに会場を盛り上げ、後半は次第に西岡が攻勢を強め、結果3-0の文句なしの判定勝利に終わった。偉業が達成されたのだ。

涙すら流して感動する香川氏に僕も同調した。彼は役者だから演技でも泣けるんだろうけど、あれは本当に感動していたと思う。

実は西岡は、驚く程のメキシカンキラーである。
メキシコでは一般誌の新聞のスポーツ欄がなんと5ページもボクシング記事でうまっている。それくらいボクシングが盛んなのだ。歴史を振り返っても、常に何人ものメキシカンが世界王座についており、破格のスーパーチャンプもたくさん輩出している。日本にもたくさんのメキシコ人世界王者が防衛戦に来たが、ほとんどは日本人の負けである。非常に高地であるため心肺機能が発達した選手が多いこともあるが、なんといっても選手層が厚いのだ。メキシコ国内で一番になれば、世界で王座に就くのはたやすい、とさえいわれる。
かつて日本人で、メキシコ人をカモにしていたのは、ガッツさんと川島郭志さんくらいだろう。
そこで西岡である。
なんとマルケスを加えて、対メキシコ人10戦して10勝。10戦全勝なのである。
その中には、前述のとおりメキシコシティーでのジョニ・ゴン戦やベガスでのマルケス戦も含まれる。文句のつけようがない。ここまでのメキシカンキラーは世界的にも珍しいだろう。

今年3月、WBCが西岡をスーパーバンタム級の名誉王者に昇格させた。名誉王者は日本人初である。
年齢的にも7月で36才となるため、おそらく次がラストマッチとなるだろう。今の西岡には次のスーパーチャンプを目指す若い強豪が何人か挑戦の意思を表明している。まちがいなく、世界中の注目を集めるビッグマッチになるはずだ。
西岡に惚れて、西岡を追い続けて、僕も16年。次の試合を心して待とう。






2010.12.08 サウスポー
すでに何日も経ってしまったので、みなさんご存知だと思うが、我らが長谷川穂積がバンタム級に続いてフェザー級で世界タイトル2階級制覇を成し遂げた。

最近は階級が細分され、世界王座の認定機関もいくつかあり、オスカー・デ・ラ・ホーヤの6階級制覇とかマニー・パッキャオのよっつ飛び越えての6階級制覇(事実上10階級といわれる)など複数階級バブルみたいになっているので、2階級制覇といっても一般的には有り難みが少ないかもしれない。
しかし、今回の長谷川の快挙には、僕なりのある「思い」が重なっていた。

まだ、スーパーとかジュニアのつく階級がなかった時代。世界王者の認定機関もWBAひとつだった時代。
日本人2人目の世界チャンピオン、ファイティング原田の話だ。
19歳で世界フライ級王者となった後、減量苦からバンタム級に転向。当時のバンタム級王者はブラジルの英雄エデル・ジョフレであった。「黄金のバンタム」(バンタムとはチャボのこと)と言われた名チャンピオンで原田と対戦するまで無敗を誇っていた。この名王者を下し、2階級制覇に成功(ジョフレの通算戦績は72勝2敗4引き分けであるが、2敗はともに原田に屈したものだ)。4回防衛した後、さらなる減量苦から、フェザー級に転向し、世界王座3階級制覇をねらった。今で言えば5階級で全団体統一王者になろうとした訳で、考えられないような壮大な目標である。
フェザー級の世界王者はオーストラリアのジョニー・ファメイションであった。適地のシドニーに乗り込んでの挑戦で、王者から4R、11R、14Rと3回もダウンを奪いながらも不可解な地元判定で敗退した。14Rのダウンでは王者ファメイションは失神していたらしいが、レフリーがカウント途中に王者を抱え起こす、という信じられない反則行為がおきたらしい。地元のファンさえも大ブーイングの嵐だったといわれるが、抗議を一切せず、健闘を称え合った原田の姿を地元の新聞は「サムライ」と賞賛したそうだ。

開催地を東京に移しての再戦では、ファメイションの強打に屈し、KO負けしてしまうが、事実上、3階級制覇は成し遂げられていた、と信じる日本のファンは多い。幻の3階級制覇である。

現代の黄金のバンタムを10回も防衛した長谷川が、ひとつ飛ばしてフェザー級で王座に挑む。そう聞いたとき、ふと原田の幻のフェザー級制覇を思い出してしまった。(僕も古いなあ)

試合は思いのほか、熱い打ち合いが続き、スピードと技術に勝る長谷川が距離の変化を使わず、敢えて打ち合うボクシングをしたことに賛否両論あったと思う。相手のブルゴス(メキシコ)も強敵で、あの層の厚い中米のフェザー級で25勝無敗18KOというパーフェクトレコードを持っていた。バンタム級なら、倒れていただろう強烈な長谷川のパンチをいくつももらいながら判定までいったのは流石である。僕は、次回からは本来の距離をあやつる長谷川のボクシングがまた始まるのでは、と思っている。今回は長谷川自身に「ゆずれない決意」があったようだった。


さて、表題のことであるが、知っての通り、長谷川穂積はサウスポーである。
サウスポーにも2種類あって、本来、左利きのサスポーと、本来の右利きをボクシングだけ左構えに矯正したコンバーテッド・サウポーの2種類だ。川島ジムの川島会長は小学校時代に具志堅用高さんをTVで見て、サウスポーの方が有利じゃないかと思って、変更したと聞いた。このケースは意外に多いようだ。
ナチュラル、コンバーテッドいずれにしても、過去から現役まで、考えてみるとサウスポーの名王者は多い。
具志堅用高、渡辺二郎、浜田剛史、川島郭志、現代では長谷川穂積、西岡利晃、粟生隆博など枚挙に暇がない。
今や世界的ヒーローになったフィリピンのマニー・パッキャオもサウスポーだ。
パワー派のファイターより技巧派のテクニシャンが日本人には向いているので、こういう傾向があるのだろうか。

僕ごときの話で恐縮だが、僕は右利き。小学校から剣道を6年間やってきて、その後、ボクシングを習い始めた。剣道は、「すり足」といって右足が前、当然右手が前の構えになる。剣道から移行してきた人には、足が反対になることに違和感があって、右を前に構えるサウスポースタイルを選ぶケースが多い。
でも僕は、普通に右のオーソドックススタイルを選んだ。というか剣道の経験とか何も言わなかったので、普通に右構えを教えられた。初めて左足と左手を前に出して構えた瞬間、僕は
「うわ。こんなに楽でフィット感があるのか!きっと僕にはボクシングの方が向いてたんや。」
と感じた。
ずっと、そのときのまま、そう思っていたが、40代になってようやく気が付いた。これは剣道よりずっと以前からやっていた(やらされていた)ヴァイオリンの構えに近かったからなのだ。お世辞にもよく練習したなんていえない、サボりまくりのヴァイオリンだったが、小さいときに刷り込まれた感覚は長く続くようだ。

話を戻そう。サウスポーにも有利な点と不利な点があるが、一般的に、右構えで距離をとるボクサースタイルの選手(左ジャブを主軸にストレート系パンチを得意とするタイプ)には相性がいい。
逆に、右のボクサータイプにはサウスポーを苦手とする人が多い。西岡利晃が適地メキシコでジョニー・ゴンザレスにKO勝ちした試合なども好例だ。
長谷川の次回防衛戦の相手に、ジョニー・ゴンザレスの名前も挙がってるらしい。バンタム級王者だったが、スーパーバンタムの西岡に挑戦して破れ、さらにフェザー級に上げてきているらしい。彼の身長やリーチからするとフェザーの方がフィットしそうだが、西岡戦のあとの戦績がこわい。7戦7KOだとか。

メキシコでは相変わらず最も期待されている選手らしい。彼も日本人のサウスポーに二人続けて負けるわけには行かないだろう。対戦することになれば、相当な覚悟で挑んでくるにちがいない。
しかし、長谷川ならやってくれるはずだ。必ず勝ってくれる。
「アジアンのサウスポーは強い。」
そう世界に言わしめてほしい。








一昨日の試合の結果に関わらず、今日からまたボクシング話を再開しようと決めていた。

以前のバンドのブログで「格闘技百番勝負」というタイトルでボクシング・ネタの記事を40話以上書いた。ずっと、ストップしていたが、また始めることにした。よろしくお願いします。

「格闘技百番勝負」では、ロベルト・デュランやトーマス・ハーンズ、たこ八郎、ジョージ・フォアマン、大橋秀行など、ほとんど古い選手の話だったが、今回は、現役のチャンピオンや選手の話も大いに語っていきたい。

再開第一弾。まずは、一昨日V3を達成した、われらが西岡利晃からはじめよう。
前ブログでも語ったバンタム級時代のウィラポン戦であるが、チャンピオン増産国タイの国民的英雄、ウィラポンとの4戦は、もはや「勝利なき伝説」となっていた。
14度も防衛を続けたウィラポンの全盛時代に4度挑戦し、いずれも判定で2敗2引き分け。最強王者のウィラポンが相手でなければ、とっくに・・・・。

過去、黄金のバンタムの王座に肉薄しながら、チャンピオンになれずに終わった名選手は多い。あの天才西岡もそうなってしまうのか。
「スピードキング」「天才」「日本のホープ」と言われながら、世界のベルトは巻かずにおわるのか。

階級をスーパー・バンタムに上げ、チャンスを窺っていた西岡だが、向かい風がふくばかりだった。バンタム時代終盤にアキレス腱を断裂していたこともあり、周囲の状況は引退に向かって加速していった。帝拳ジムの本田会長からもはっきりと引退をすすめられる中、西岡本人はそれを拒み続け、しぼんでいきつつある可能性に懸けて自分を鍛え続けた。
「スピードキング」と騒がれた頃の速さはなくなった代わりに、「天才」と呼ばれた頃より経験を積み、奥行きのある選手に変わっていた。だがそのことを世の中に知らしめるためには、
やはり世界王者にならなければどうにもならない。

そして、昨年9月、ついに千載一遇のチャンスを見事にものにし、WBC暫定王座につく。その後、正規王者のバスケスが網膜剥離で引退したため、正規王者に昇格。ついに世界のベルトを巻いたのだ。この勝利は、ユニコーンの再結成と並んで僕にとってめちゃくちゃどでかいうれしいニュースだった。ほんと体に電流が走って、声を上げてよろこんだ。

この試合は、タイのナパーポンとの暫定王座決定戦であり、敵陣セコンドには、あのウィラポンがいた。「西岡は気持ちが弱い」と陣営で話していたというが(そりゃ、あんたが強すぎなんだろう!)、それは以前の西岡だった。試合後のリング上でウィラポンから祝福を受ける西岡の姿を見て、僕は泣いた。

今年1月、メキシコのヘナロ・ガルシアと初防衛戦を行い、これに最終12回TKOで勝利。2度倒されながらも粘る挑戦者を、気力で振り払ったようなKOだった。試合後、リング上で愛娘小姫ちゃんをだっこして、まだしゃべれない小姫ちゃんが「ア~ア~」言うのを翻訳して「パパ、チャンピオン男前。ってゆ~てます。」と。以後、男前王者といわれることになる。これでV1。

5月には、指名挑戦者のジョニー・ゴンザレスと敵地メキシコで防衛戦を行った。
実は、日本人は敵地での世界戦に弱く、敵地でのタイトル奪取はいくつか例があるものの、防衛戦は渡辺二郎が一度成功しただけであった。国内でやるか敵地でやるか、ガッツさん曰く「天国と地獄の違い」だというが、実際、記録をみても差は歴然としている。そういう意味では、敵地でも何回も防衛してきた、カオサイやウィラポンはやっぱり凄い。
渡辺二郎の海外防衛であるが、これは時差の少ない韓国で、明らかに格下の挑戦者を選んで初の海外防衛という「記録作り」のために行ったもので、僕はこの試合を見なかった。渡辺二郎大ファンの僕が見なかったのだ。それくらい安全なマッチメイクだった。
だが、西岡の場合はまったく違う。WBC本部はメキシコにあり、お膝元での指名試合である。挑戦者のゴンザレスはバンタムで世界王座(WBO)につき、2階級制覇をねらう実力者で、実際、メキシコサイドは完全に勝つ気でいた。円にものを言わせて国内でしか防衛しない日本人がよくでてきたなあ、と言われていたらしい。リングサイドのTV解説席にはタキシード姿のフリオ・セサール・チャベスがいた。メキシコのというより世界の英雄チャベスが解説につくのだ。ゴンザレス陣営の本気さ、メキシコ国内の期待度がわかる。
ここまで、危険な防衛戦を行った西岡サイドには、大きな目標があるのだった。
本場メキシコで名を上げて、いずれはラスベガスで防衛戦をやる。
これは過去、日本人がだれも成し得ていない大偉業なのだ。ラスベガスでの興行は規模が桁外れに大きい。ファイトマネーも桁がふたつ違う。地位、名声も日本国内とは段違いなのだ。
さて、試合であるが、開始早々1Rに西岡がダウンをとられる波乱があった。ダメージはさほどなかったが、ここで慌てず、あとを打たせずに乗り切ったところが今の西岡の強さだ。
「あのダウンで、ふっきれた。」と後に語っていたが、実に冷静だった。
2Rには早くもペースを取り返し、続く3R、西岡の得意中の得意、右に半歩アウトステップしながら重心を低くして踏み込む左ストレートが炸裂!一発で試合を決めた。
パンチのダメージで膝がのび、後ろに吹っ飛んだゴンザレスはロープで後頭部を打ち、完全にのびてしまった。奇跡的に立ち上がったが、レフリーは10カウントを数え、試合終了。
ここまできれいな一発KOシーンはなかなかない。見事なKO勝利でV2。
http://www.youtube.com/watch?v=KgQ_L8hMuVM

本場メキシコでの鮮烈KOから5ヶ月。今度は国内での防衛戦にアメリカからあのデラホーヤの会社ゴールデンボーイプロモーションのプロモーターが見にきている。Wタイトルマッチの片方の主役、27戦全勝のホルヘ・リナレスが契約している関係だが、本場のプロモーターが日本に試合を見にきているというビッグチャンスだ。肝心のリナレスがなんと1RでKO負けしてしまったのだが、その嫌な空気を一新して、3R終了でTKO。挑戦者のエルナンデス(メキシコ)が顎を骨折したらしいと棄権したのだ。自信に満ちた試合運びでさらに進化しているようだ。試合後、小姫ちゃんもおしゃべりできるようになっていて、パパとのデートのことを「ぼら公園いくの。」と。インタビューに応えるその表情も、鼻っ柱の強い早熟の天才から大きく成長し、王者の風格を備えた実にたのもしいものになった。
さあ、なんとか大きな夢に向かって羽ばたいてくれ! でV3。

ウィラポンとの4戦48ラウンドが大きな糧となって、今の強い西岡がある。
「可能性の人」に終わることを拒否し、日本中のボクシングファンの夢を担う存在になった彼を本当に心から応援したい。