FC2ブログ
室蘭からフェリーに乗って、翌朝、青森港に着いた。
往路でも書いたが、北海道は陸路が本州とつながっていないため、バイクの旅だとフェリーのお世話になる。
かつてバンドのツアーで鹿児島から大阪までフェリーで移動したことがあったが、これがなかなかに快適で、船の旅もいいもんだなと思ったものだった。
船内には、ホテルや旅館にあるものは大概そろっているし、予算に応じて、いろいろな泊まり方が選べるのもいい。
もちろん、予算重視の僕は大部屋泊まりだが、それも「旅をしてるなあ。」という実感があって僕は好きだ。

とは言うものの、実は、僕は昔から旅が苦手なのだった。
旅に対する憧れはあるものの、子供の頃のトラウマがあって、「よそへ行くよりうちがいい。」という潜在的かつ拭いがたい思いが強くあった。

それに対して、僕のまわりには、若い頃、アジアや南米やアフリカを長く旅して、その後の人生に大きな影響を受けた人達がたくさんいる。ミュージシャン、花屋さん、起業家、作家、サラリーマンと職種は様々だが、みな異口同音に「旅が今の自分を決めた。」というようなことを言う。

僕はと言えば、そんな仲間をうらやましく思いながらも、国内旅行すらせずに、ひたすらバイトしてただただ飲んでいた。
「うちにばっかり居てて、面白ないやんか。」
と、よく言われた。それはよくわかっていたが、旅とは、僕にとっていろんな重圧があり、簡単には踏ん切れなかった。

そんな僕に、自由を与えてくれたのがバイクだった。
バイクなら何故か重圧を感じることなく、どこにでも行けた。うちに帰りたいなんて全く思わなかった。
小学生の頃、自転車で、「もっと遠くへ行きたい。」と思った気持ちがそのまま蘇ってくる。
だから、ここから始めようと思った。

さて、青森港を勇んで経った僕だが、ここでまた生来の難儀がおそってきた。
東北道に乗ろうとしていたのだが、なぜか乗りそびれた。
「まあ、走ってればそのうち高速の入り口はあるさ。」くらいに思って走っていたが、気が付いたら五所川原まで来ていた。しかたなくUターンしてなんとか浪岡インターから合流できた。なかなかスムーズにいかないものである。

DSCN0472.jpg
関西人の僕には、なじみのない津軽弁

帰りはひたすら走るのみ。楽しかったいろいろな思い出を胸にひた走った。

DSCN0480.jpg
大鰐温泉辺りから見た岩木山。美しい山だ。

せっかくの東北。いろいろ見て回ったり、温泉に入ったりしたかったのであるが、実は時間に余裕がなかった。
そもそも旅の計画段階でまちがっていた。旅慣れない自分の負い目だと思ってあきらめた。
予定通りに戻らなければ、また日常の仕事が始まるのだ。

福島の安達太良SAだったと思うが、長めの休憩をとっているとき、僕と同じKawasaki車のZRX1200に乗っている少し年上のライダーと仲良くなり、お互いのバイクを前に楽しくおしゃべりをした。
それぞれのバイク自慢から始まり、バイク購入に当たって、奥さんをどう言って説得したか、など面白い話をしていて、彼がZRX1200かZZR1400か迷った末にZRXにしたくだりで、
「ZZR1400もすごいバイクですよねえ。」
と話したら、なんとZZR1400にまたがったライダーがやってきて、二人の間に停めた。
「あ、どうも。」
「は、どうも。」
と、話は続かず、そそくさと食事かたばこかトイレにいってしまい、すぐにまた行ってしまったが、
「なんか話題にしたら来ましたね。」
そして二人の話がBMWのボクサーツインに至るとまもなく、今度はBMWのR1150RSに乗ったライダーがやってきて二人の間に停めた。
「あ、おつかれさんです。」
「は、どうも。」
と彼もまた早々に去っていった。
「なんだか来ますねえ。」
という訳で、今度はYAMAHA車の話をしていたら、なんとSR500に乗った若者がやってきて二人の間に停めた。
やたらニヤニヤして出迎える僕たちに、若者は戸惑ったようだ。
よく飲み屋で、誰かのはなしで盛り上がっていると、当の本人が現れる、という現象があるが、バイクでこんなこともあるのかと可笑しかった。
どこまで続くのか試してみたかったが、相棒の彼が
「そろそろ行きます。」
というので、握手をして別れた。

DSCN0481.jpg
左から、ZRX1200、ZZR1400、僕の緑馬(W650)。真ん中がうわさをすれば来る不思議スポットだ。


それからは、ひたすら走った。
疲れを取ること、安全に走ること、それだけを考えて走った。
事故っては元も子もない。 旅の感慨は、バイクを降りてからだ。

夜の東京に着いた。
真夏の夜のなま暖かい風を受けながら、「あせるな、あせるな。」と自分にいいきかせながら走った。
いつものよく知った道をゆっくり走りながら、旅の終わりを感じていた。



うちに着いたときは11時をまわっていた。
トリップメーターを見ると、2998kmを指していた。
約3000km。
僕も緑馬もよくがんばった。
48歳の僕のささやかな冒険だった。

「ありがとうな。」

まだ熱気の冷めない緑馬のタンクをなでながら、いとおしくて涙がこぼれた。



DSCN0478.jpg
ありがとう。僕の緑馬。




この旅は終わらない。
いつか見たはずの風景、あるいはそれはいつか見るはずの風景かもしれない。
そんな風景や人やいろんなことに、これから会いにいかなくちゃいけない。
そうだ。会いにいかなくちゃいけないんだ。
会いにもいかず、このまま死んでたまるか。





「この道が空と出会うまで」                    第1章   完









スポンサーサイト