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2016.12.20 Glory 14
   婦人科に来て早々から、体力の回復を待って、開腹手術をして、いろんな不明点を解明し、また、場合によって、悪いところは取ってしまうなどの抜本的な治療を行う、という予定はきいていた。今回のことが起きるまで、「取ってしまう」ということについて出来る限り話題に触れないできたところが僕ら夫婦間にあった。散々苦しい目にあってきたので、楽をさせてもらいたい、させてあげたい、という気持ちと、もう子供は諦めるということをはっきりと口にするのをためらう気持ちとが綯い交ぜになってあり、いつかは決断しなきゃ、と思いつつも積極的に器官の摘出を考えることはできずにきた。しかし今は、里香の命と引き換えのように子供をつくる可能性を失ったとしても、僕としてはいいと思っている。いや、とっくにそう思ってはいたが、言い出すのをためらっていた、といった方が正しいかもしれない。今回、倒れたのが検査入院中の院内だったから命をとりとめることができたが、もし、一人で自宅だったら、と思うとこわくなる。里香の命が何ものにも換えられないのだ、ということを心に沁みてわかった。ただ、まだどうなるのかわからないものの、まだ出産をしていない女性にとって、もし子宮、卵巣の全摘出ということになれば、それがどれほど重いものなのか、男の僕には想像を超えるものがあった。それでも避けて通れない話なので病室に僕らしかいないとき、里香に聴いてみたら、

「もうぜんぶこちらにおまかせする。もうしんしんともにつかれた」

と淡々とした口調で言った。そうだよな。本当にそうだよな。もっと早くに決断できていれば、ひょっとしてこんな大変なことにならなかったのかもしれない。ごめんよ。でも僕にはわからなかった。こんな事が起きるなんて想像もできなかったんや。でもな、これからは、悪いところを全部とって、元気になったら里香のこともっともっと大事にするから、二人で一緒に仲良く生きていこう。毎月の苦しみも忘れて、楽しいことをいっぱいしよう。苦手だった旅だってしよう。里香の好きなことにもっと付き合うようにする。頭の中でそんなことをいいながら、何も言葉を出せずにいた僕の手をにぎって

「・・・じゅん。いいのよ、なにもいわなくて。しってるよ、じゅんのいいたいこと。わたし、しあわせよ。じゅんといっしょで」

といった。だまって頷いたら、下を向いたいきおいで涙があふれた。

 手術の責任者という男性の先生がこられたのはその翌朝だった。とても頼りになりそうな立派な方だった。このときも桜井さんが付き添っていたが、さすがに先生の後ろに神妙な面持ちで控えていた。重い話、固い話などたくさんあったが、これらは後で本人と僕の署名をすることになっている。いよいよの覚悟を決めたら、男より女性の方が肝が据わっているのだろうか。里香は素直に

「はい。・・・はい。・・・」

と肯定の返事をくりかえしていた。結構長い説明が続いたので、ひょっとして事態の重さをわかっていないのかな?と少し心配になったが、昨日のことを思い出してそうではないことを祈った。話題がいよいよ手術に備えての準備の話に移ったとき、

「・・・という訳で、手術の前日に剃毛します。・・・」

というところで、

「・・・はい。・・・えっ?」

と表情が急変した。

「ああ、剃毛というのはですね。毛を剃ります」

「・・・ええっ? け って・・・」

「下腹部の毛を剃ります」

「ええ~~?! なんでですか?」

「いや、開腹しますから、いろいろ雑菌が入っては困るので、手術の場合は剃らなければいけないんです」

「ええ~~~?!」

桜井さんも見かねて

「里香さん、だれでもみんな手術のときは剃るんですよ」

と言い聞かせるようにいった。

「ええ~~~~、そんなあ~~~・・・」

「いや、これは必要な処置なので・・・」

「でも・・・だってえ~、すきなのに~~~!」

これには先生も桜井さんも吹き出した。里香が自分のアンダーヘアーの具合を気に入っていることを僕は知っている。しかしこんなときにそれをいうか? 先生は軽く衝撃を受けたようで笑いをこらえながら言った。

「しかし・・あの・・っほっほっほ・・また・・また・・は、生えてきますから、あ~っはっはっは~~!」

とうとう声を上げて笑い出した。桜井さんもファイルを持っていない方の手で口をふさいで震えていた。

 

 先生が引き上げられてから、桜井さんが戻ってきた。

「里香さん、もう。笑わせるのやめてよ~」

「おまえ、なにを言い出すんや」

「だって、そっちゃったら、またはえてきても、おんなじかんじにならないかもしれないじゃない」

「そんなこと大した話じゃないやろ!」

といいながら、アニメ映画の「もののけ姫」のラストで鬱蒼とした神秘の森が焼き払われた後に、新しい緑が茂り始めるシーンを思い出してしまった。

「わたし、きっとへろへろになっちゃうわ」

「でも先生があんなに笑ってるの、始めて見ました」

「わたしのしゅじゅつちゅうにおもいだしてしゅじゅつできなくなっちゃうかなあ」

「そんなことはないやろ。こんな大きな病院のえらい先生なんだから、最高の技術でやってくれはると思うよ」

といいながら、あの笑い方を思い出して、ほんの少しだけ不安がよぎってしまった。

 手術の前日、病室にいったら桜井さんがいた。里香はベッドに仰向けに寝て、なにやら不思議なくねくねした動きをしていた。手を横に伸ばし気味で胴体を左右にゆすっている。ニヤニヤした表情で僕を見ながら動き続けるので

「おまえ、何やっとるんだ?」

といったら、桜井さんがニコニコしながら

「里香さん、へろへろなのよね~。剃られちゃったから」
と説明した。本人は動いたまま

「もうへろへろよ~。へろへろ~~」
とうかれている。
脱力感満載のへろへろダンスを見て、深刻な手術を受けるというのに、こいつときたら幸せなやつだ、と思った。しかし、こちらはそれで気分的に大いに救われてもいる。本人がこの感じなので、暗くならずにすんでいる。どうも周囲を明るくしようとして、努めてやっているのではなく、ナチュラルにこうなってしまっている感じだ。そうでないとこの可笑し気な感じは出ない。元々面白い女であったが、生き返ってきたら輪をかけて面白い奴になっていた。そう思う。

 手術はどれくらい時間がかかるのかわからないので、僕もおかあさんも一緒に一日予定を空けて病院に待機することになった。いよいよ手術の朝、おかあさんと病室にいくと、大きな手術の前だからだと思うが、看護師さんが三人揃って里香の周りにいてくださった。なんやかやと慌ただしい雰囲気もある。本人はいつもと同じで特に緊張した感じはない。病室に入る前にチラッと確認したのだが、おどり場からはお正月の日と同じように素晴らしい富士山が見えていた。そこで思い切って安田さんに

「あの、景気付けに富士山を見せてやってもいいですか?」

と聞いたら、

「ああ、それはいいかも」

といって、里香を車いすに乗せてくださった。

「里香さん。純さんが元気出るようにって」

「ええ~?なになに?」

そんな会話をしながら、おかあさんも一緒に、おどり場まで出たら

「ワ~~~~~~~イ!!ふ~じ~さ~~~~~ん。やった~~~! ばんざあ~~~~~い!ばんざあ~~~~い!ばんざあ~~~~~~い!」

とみんなで一緒に万歳三唱をしてしまった。おかあさんまで笑いながら万歳三唱をしていたのが可笑しかったが、本人のテンションがいかに高まったかよくわかった。その勢いのまま、ステレッチャーに乗って

「いってきま~~す!」

と元気に出て行った。里香が行った後も周囲に笑いが残っていたが

「あの子ったら・・・」

と笑い顔にあきれ顔の混じるおかあさんに

「でもね、おかあさん。あいつ・・・笑顔でいきやがった」

と言ったら、涙が込み上げてきた。

 そして泣いても笑っても、里香にとって2回目となる大手術は始まった。


 

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