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2017.07.06 Glory 19
 教習所通いがすすむにつれて、はじめはビビッていたナナハンにも少しずつ慣れてきた。そうなるとだんだんに周りの人のことも見えてくるもので、教習を受ける人にも、上手い人、下手な人いろいろいる。それは当然なのだが、僕の目を引いたのは教える側の人達だ。教官の中には元交通機動隊のライダーだった人もいて、彼らの運転技術といったら、もう、あっけにとられる程上手い。教習がお休みのお昼の時間にある教官が練習しているのを見たのだが、V型エンジンのVF750(僕は乗りにくいと感じた)でフルロック8の字ターンとかを平然とこなす腕前に目が釘付けになってしまった。それにひきかえ、僕はといえば、実は普段から平衡感覚に自信がなく、超低速で行われる教習に不安いっぱいであった。しかし、ある教官にそのことを言ったら
「ええ?いやいや、小林さんはバランスいいですよ。安定感あります」
と言われた。実に意外な反応だったが、そういえば、ある教習生の人から
「いつも小林さんを見て参考にさせていただいてます」
とビックリするようなことを言われたことがあった。彼が言うには、コーナーに入るとき、いつもバランスをくずしてしまうのを僕の動作を見て「ああ、こうするのか」と思ってその通りにやったら、うまく出来るようになったのだそうだ。少なからず驚いたが、そういえば、シートに座るよりステップに立った方が重心が下がるとか、フロントのサスペンションを沈ませずに減速するのにリアブレーキを踏むとか、半クラッチでコーナーを曲がるとき内側に傾き過ぎたらアクセルを開けて車体を起こすとか、そういう基礎の基礎は学生時代に軽量のオフロードバイクでダートを散々走って、何回も倒けながら体が覚えてきたのだった。自分は意識なしにやっていたことが、端から見れば、ちょっとした豆知識みたいになっているのかもしれない。20年を経て、そういう体にしみ込んだ基礎が生きてきたのだとすれば、それはとてもうれしいことであった。自分の感覚と人の評価が違うのはよくあることだが、大抵は自分がいいと思っても客観的にはダメ、という方が多い。今回は逆のケースで、ちょっと誰かに自慢したくなったが、誰に話せる訳でもない。そこでうちに帰ってから、里香に自慢してみた。すると里香らしい意外な言葉がかえってきた。
「あなたは、いつもすごくぶきようか、すごくきようかのどっちかね。ふつうってかんじのことがないわよ」
「そうかな。じゃあ、僕はどっちイメージの方なんかな?全体として」
「ん〜〜? てさきはぶきよう。からだはきよう?」
「なんじゃそれは!」
しかし言われてみれば、そうなのかもしれない。僕の父は、大変手先が器用な人で、さらに運動神経もよかった。弟は父とよく似た手をしており、器用さも受け継いでいたが、僕は父と全然違う手で、しかもすごく無器用だ。子供の頃、兄弟で父から釣りを仕込まれたが、弟はどんな糸の結び方もすぐ覚え、器用に結んでさっさと釣っていたが、僕はそれができない。いつまでもモタモタしている僕に父はイライラして
「トロトロトロトロなにしとんのや!人間ちゅうもんはそこまで無器用なもんか?」
とけなし、挙げ句には
「どこまで鈍くさいんや、お前は!お前はほんまにわしの子か?」
とまで言った。この台詞は他にもいろんな場面でよく言われたが、そんなことを言われても実の子供としてはいかんともしがたい。悲しい思いを強いられたが、実は今も糸を結ぶスピードはその頃と変わっていない。大人になって、釣りも父に教わった餌釣りからフライフィッシングに変わり、結び方の種類も多様になり、なのに無器用さはそのままで、今でも川の流れの中に立ち込みながら、リーダーやティペットを結ぶのに悪戦苦闘をくり返しつつ、父の台詞を思い出してはため息をつくのであった。これに対して運動神経の方はと言えば、父や弟ほどではないが、まあ、普通より少しはいいのかもしれない。やってきたスポーツはトップの層ではないが、中の上よりはできたつもりだ。みんながややこしくて困惑するようなある種の動作をいきなりできたりもする。かといって、スポーツで活躍して注目を集めるほどでは全くない。おしなべて、まあまあ、と言ったところか。手先は親に見放されるほど無器用で、運動全体は悪くない。まとめてみれば、こんな感じで、里香の言っていることは的を得ていると思う。僕はいろいろな面で、長年やっているのに全く進歩しないことと、経験通りに進歩していくものがはっきり分かれているように思う。例えば、仕事上、算数や数学の計算は普通の人よりも遥かにたくさん、しかも長年に渡ってやってきているが、ひき算のくり下がりがいつまで経っても苦手で遅い。他の計算や式変形は経験なりに速くなってるが、そこだけがいつまでたっても小2か小3の頃のままなのだ。だからくり下がりをしなくてもいいように頭の中で別の変形をしたりして対処している。そんなことしなくても普通に計算した方が速いように思うだろうが、それが僕の場合そうではない。ついでに言っておくと、運動や器用さではなく、全体として僕はどんな子だったのか、というと、優等生でもなく、不良でもない。かといって普通の子でもなかったと思う。ではどんな子なのかと聞かれても、自分ではうまく説明できない。きっと「ちょっと変わった子」であり、それがそのまま大人になってしまった、というところだろう。自分がどんな人間なのか、という自覚が実は僕にはよくわからない事のひとつであったが、里香と付き合って、彼女にいろいろ聞いて、だんだん、なんとなくこうかな?というイメージが掴めてきたのだった。僕は思春期の頃から二十代の後半まで、女性との交流が全くなかったので、自分がどんな奴なのかをわからないまま生きていた。男同士で「俺はどんな人間か?」なんて質問してたら変だし、やはり、恋人や配偶者から学ぶことは大きい。そういう意味でも里香には感謝している。

 今年は、随分暖かく、季節の進行が早いのか、あっという間に桜のつぼみがほころびだした。このペースだと満開になるのは3月中で4月の声を待たずに散ってしまうかもしれない。花見の計画も少し前倒しにしないと歩けるようになることを待っていたら肝心の桜が終わってしまう可能性も出てきた。そこでおかあさんと三人で相談して、車いすを使って花見にいこうという事になった。本人はそれでも歩けるところは自分で歩く、と主張したので、その意思は尊重しつつ、無理のないように、判断は僕に任せるように約束させた。うちの近所には有名なお花見ポイントがいくつかあって、都会の川の両岸に並んだ桜並木が川面にかかって花のトンネルのようになるところや、大きな公園の広い芝生に地面すれすれまで枝が広がってさながら桜の雲海の中にいるみたいな気分を味わえるところもある。あまり遠出はできないことを考えて、三人で選んだのは近所の大学のキャンパス内の広場だった。ここも人気のある花見スポットで、里香は子供の頃から毎春ここにくることを楽しみにしていた。花の開き具合と空模様を予想して、一週間後の平日にいくことにした。土日はやたら混むし、人がたくさんいる状況が苦手な僕の勝手な都合でそう決めたのだったが、こういうことの計画中というのは、何かと楽しいもんだ。里香もうれしそうだった。リハビリにも張り合いが出たようで、この一週間は確かに進歩が速かった。不完全ながら僕の予想よりもうまく歩けるようになっていた。そして、いよいよ明日、というときにおかあさんの都合が悪くなってしまった。残念がって日取りを延ばそうという僕らにおかあさんは
「いいわよ、そこまでしなくて。気持ちはうれしいけど、そんな大袈裟な話じゃないし、近所なんだからまたいつでも一緒に行けるじゃない。二人で行ってらっしゃい」
とおっしゃった。まあ、そうだな。電車にも乗らず、歩いて行くんだし、咲いているうちにまた一緒にいけるだろう。
 翌朝、起きて一階に降りたら、もうおかあさんは用事で出かけるところだった。
「あ、ごめんなさい。もっと早く起きればよかった」
「いいわよ。いつも通り寝てれば。おむすびと卵焼き作ってあるから、お花見いって二人でお食べなさい」
「わ。ありがとうございます!よろこんでいただきます」
「じゃ、いってきますね。里香をよろしくね」
「はい。いってらっしゃい」
申し訳ない気持ちだったが、お弁当を作ってくださったことはすごくうれしかった。ごく近所なので、ちょちょいと出かけて適当に時間を過ごしたら帰ってくるつもりだったのが、二人でお弁当を食べる、というイベントが加わって、なんだか充実感が湧いてきた。2階のベッドでまだグ〜グ〜寝ている里香を起こしに行って、おかあさんのお弁当の話をしたら、いきなり起き上がって
「うぉっしゃあ〜〜!!」
と両拳でガッツポーズをとりながら大声で吠えた。相変わらず反応が派手過ぎるが、気持ちはよくわかる。単なるお昼ご飯ではなく、おかあさんのお弁当というのは小学生の頃の遠足のお弁当と同じなのだ。そこにはえも言われぬワクワク感がある。お昼より少し前にうちを出て、車いすを押しながら目的地に向かった。おむすびと卵焼きは里香の膝の上で、僕はお茶を入れた水筒とカメラを肩からクロスがけにしていた。住宅街の平坦な道を抜け、大学の正門に向かう長い坂道を登りながら、いつしか二人で歌っていた。それもテレビの時代劇「遠山の金さん」のテーマ曲や加山雄三など、思いっきり昭和の歌ばかり。二人ともテンションが上がっていたようだ。春休み中の大学内は人通りも少なく、桜の咲き具合も全部の木ではないがほぼいい感じで満開だった。
「おお〜〜、やった〜〜!きれい、きれい!」
「ちょうどいい感じやん。よかった、よかった」
まばらながら、若い主婦と思しき女性が小さな子供連れで何組か来ていたが、空いているベンチはいくつもあった。早速、その一つに陣取って、一番の楽しみのお弁当をいただくことにした。外で食べるおかあさんのお弁当。本当に美味しくて、二人ともパクパク食べてしまった。久しぶりの青空の下の昼食が終わったら、里香が桜の写真を撮りたいというので、車いすを置いて、手を引いてゆっくり歩いてまわった。実は里香は写真もなかなか上手で、この一眼レフも里香のものだ。写真に限らず美的センスの無い僕は、彼女がいうままに家来のように先導していった。花の接写や引いた風景写真など何枚も撮った後、自分達の写真も撮ろうということになり、桜をバックにお互いの写真を撮った。たまたま通りかかった中年の男性にお願いして、ツーショットも撮った。いろいろ桜を観て回り、大いに季節を楽しんだ。しばらく立って歩いたのでそろそろ疲れが出始めた里香を車いすにもどして、ぼちぼち帰ることにしたが、なんだか名残惜しいので、大学の構内を抜けて、反対側の出口から出て少し遠回りをすることにした。
「やっぱりさくらはいいねえ」
「山は富士。花は桜木」
「おんなはわたし」「男は俺」
そんなことを言いながらゆっくりと車いすを押して歩き、多分、構内の最後であろう何本かの桜に差しかかったとき、ふいに突風が吹いた。
「ひゃ〜〜〜〜」
と驚く里香の声と一緒に、桜の花びらが一斉に上に舞い上がった。そして4階まである校舎の外壁に沿って吹き上がった花びらがものすごい量で僕らの上に降り注いできた。まさに桜吹雪だ。
「わ〜〜、すごい〜〜!」
「こりゃ、歌舞伎か、寿歌(ほぎうた、北村想のお芝居)か!」
ささやかなイベントの最後に思いがけないこの花びらの舞。神様も粋な計らいをしてくれるもんだなあ。
 舞い降りる桜の花びらを見上げながら、僕らはここにいること、生きて二人でここに帰って来れた幸せをかみしめ、心から感謝した。


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