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2017.10.22 Glory 21

 ライブが終わり、あっという間にゴールデンウィークとなったが、この時期、僕はバイトが忙しい。学校が休みの間、受験生を集めてGW特訓講座というのをやるのだ。ずっとうちにいる里香やその面倒をみているおかあさんにも大型連休は関係がない。だから、ただ僕が朝から出かけていないだけで、行楽とは縁がない我が家の日常が続いただけである。それでも世間の空気に刺激されたのか、里香がせっかくのいい季節なんだし、お花見みたいに外へ行きたい、と言い出した。大いに結構である。リハビリにもなるし、ずっとうちにいるのも精神的によくないだろう。そこで最寄り駅まで行って電車で一駅乗って、ターミナル駅の周辺の繁華街をまわって、また電車で帰ってくるコースを考えた。疲れたら車イスだが、できるだけ頑張って歩く。その街にはもう散ってしまったが桜並木もあってベンチでゆっくり休めるし桜はなくとも春の日差しの中、おしゃれな雰囲気を楽しめたりもする。ファッション店やグルメの店、スイーツ店なんかもたくさんある。要は奥様の街なのだ。だから里香が楽しめる要素は豊富にあると思った。中一から今の家に住んでいた里香にとってはまさにホームグランドで、どの店の何がいいだの、どこの食べ物が美味しいだの知り尽くしているだろう。久しぶりで元気な頃に利用しまくってきた街にくり出してみるのも、気持ちが前向きになるんじゃないか。という訳で僕のGW特訓が終わるのを待って、平日のお昼に二人で行ってみることにした。


 どっちかというと運動重視というよりは「お出かけ服」を着込んだ里香の手を引いて、もう片方の手でたたんだ車イスを持って駅までゆっくり歩いた。今回はおかあさんのお弁当はなく、二人で街のどこかでランチを食べる計画だ。うちから駅の改札に入るまで頑張って歩いてきたが、問題は階段である。約3階の高さまで上がらなくてはならない。ライブのときにはそれが問題になったのだったが、リハビリも頑張っているものの、まだあれから半月ほどしか経っていない。ちょっと心配だったが、里香が自分で手すりにつかまって上がりたいというので、そばでフォローしながら一段ずつ登っていった。単に歩くのと違って高低差があるからしんどいはずだ。自分を鍛えることに積極的なのはいいが、階段で転倒したら大怪我にもつながる。いざとなったら抱きかかえるつもりでいた。しかし予想に反してしっかりと上がっていく。さすがに最後の方はきつかったようだが、立派に自分でホームまで上がってみせたのには感心した。

「どう?じぶんであがれたよ。わたしってえらいでしょ」

「ああ、えらい!大したもんや」

「えへへ」

そこへほどなく電車がすべりこんできた。平日の昼間なので座れる席は問題なくあった。二人で並んで座って、たった一駅の小さな旅行に出発した。うれしそうに車内を見回す里香が

「でんしゃのにおいする」

といった。僕は普段から乗っているので意識しなかったが、久しぶりだとそんなことも感じるもんなんだな、と思った。そしてあっという間に隣の駅に着いた。到着ホームは地上階なので改札を出るまで頑張って歩かせ、そこからは人通りも多くなり、路面も変化があるので車イスに乗せた。駅周辺の構造を思い出すのも頭のリハビリにいいだろうと思い、里香に口で誘導させてみた。一部迷ったが、すぐに思い出し、ほぼ正しいルートで街まで来た。奥様向けや若者向けのファッション店がひしめき合う横丁をぬけ、桜並木に出た。

「いいてんきだねえ~~」

「ええ天気やな」

プードルのお散歩中のご婦人や子供連れのおかあさん達がのんびり行き交うその通りは、この街の昼の様子を象徴している。この街では、一番えらいのが奥様で、その次がぼっちゃん、お嬢ちゃんで、その次がワンちゃんなのだ。おとうさんの序列は残念ながら最下位である。ただし、夜になると話が別で、おじさん達のディープな飲み屋街という顔も持つ。そんな通りの中央辺りのベンチに座り直して、明るい街並を眺めて、春の空気を吸いながらのんびりしていると

「じゅん。しってる?ふたりでここくるの、まだにかいめよ」

といってきた。

「え?そうやったかな?もっと来てるんちゃうの?」

こっちに引っ越して来てもう十年近くにもなるのに二回ってことないだろ、と思ったが、

「うううん。わたしおぼえてるの。じゅんといっかいしかきてないって」

そう言えば、こっちに住むようになってからすぐの頃に、僕のジーパンを買うのに一緒に来て以来、なかったかもしれない。僕は関西人の性(さが)か歩くペースが速い。それはどんなときでもそうで、里香が街の雰囲気を楽しみながら「そぞろ歩く」ことを望んでいても無頓着にサッサと歩いてしまう。というよりそれ以外の歩き方ができない。それが元で喧嘩になって、それ以来、一緒に来ていなかったようだ。里香はそれをずっと覚えていたのか。そう思うとすまない気がした。実はディズニーランドでも、同じような理由とさらに大のディズニーファンの僕がハイになり過ぎて里香を無視しまくったりで喧嘩になり、一緒に行ったものの、別々に帰ってくるということが複数回あった。あまりにも女性と縁がなかったせいで、女性の気持ちを理解できない野暮な男だったのだ、僕は。我ながら困った奴だと思う。でも、今は違うやんか。いたわってるやろ?と思ったが黙っていたら

「じゅんもすこしはおとなになったね。わたしのおかげで」

と街並を見ながら独り言のように言った。・・・そうかもな。


 里香の勧める瀟洒なイタリアレストランで、ピザをたのんで、並木道に面したテラスで食べた。さすが、里香のお気に入りのお店だけあって、予想以上に美味しかった。そして、うれしそうにピザを食べる里香の表情を見て、そこはかとなく幸福感を覚えた。せっかく近所にこんなお店があるのに、今まで二人で一緒に楽しんだことがなかったのか。僕は何をしてきたんだろう。ランチの後、車イスで周辺のお店街をみて回った。婦人服なんて興味が全くない僕だったが、みて回るうちに里香がどんな店で服を買っていたのかがわかってきた。自分が知らずにいた、妻の生活がそこにあるんだな、と思った。そうこうしているうちに、少し歩いたら、もう駅に戻ってきてしまった。短い時間だったからもう少し街を見たいと思ってるかな、と顔を覗いたら、駅の中を指差して

「あそこにいきたい」

という。改札を通って構内の一角にあるなんだかキラキラのそのお店に入った。何屋さんなのか僕にはわからないが

「わあ~、きたかったんだ。ランキンランキン」

という。ちょっと意外だった。シックな大人のおしゃれがお得意の里香がこんな少女っぽいお店に興味を持ってたなんて。うれしそうに車イスから立ち上がって、両手を少し広げ気味にして、よちよちとキラキラの中へ歩いていく里香の目もキラキラしている。その表情はまるでちっちゃな女の子がはしゃいでいるように輝いて見えた。


 帰りの電車に乗って、うちの最寄りの駅の階段を今度は手を引いて降り、車イスでうちに向かった。押しながら

「楽しかったか~?」

「たのしかった」

「美味しかったな」

「おいしかった!」

と話し合った。

「今日は、自分で階段上がれたし、駅一つやけど電車に乗ったで~!」

「でんしゃのれたねえ。つぎはもっとのりたい!」

「そうやな。少しずつ遠くへ行けるようにがんばれ!」

「うん!」

なんだか親子のような会話だが、二人に違和感はなかった。まだまだ不安定で健康なときとは歩き方も違うが、それでもどんどん歩いてもっともっと元気になれ。僕はそのためになら、すべてをかけよう。里香が元気でいてくれたら、僕はどんなしんどいことでもできるぞ。そう思った。やっぱり里香のお陰で少しは大人になってきたのかな。




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