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 さて、いよいよ新しい学年がスタートした訳だが、ここで改めて今年の主要スタッフと受験生メンバーを紹介しておこう。


 まず、俺。丸木戸貞雄40才。3年前に妻を病気で亡くし、現在独身。子供はいない。学生時代からずっと進学塾で数学と理科の授業を担当してきた。大学受験、高校受験と、すべてやってきたが、ここ何年かは中学入試の算数と理科が専門みたいになっている。

 

 そして我が相棒、菅生今蔵29才。国語と社会担当。彼も学生時代のバイトで塾講師になって、そのまま教え続けている。有能で熱血漢。そして毎晩でも酒につあってくれる好男児だ。実は日本の最高学府出身だそうで、なんでこんな仕事をしているのか、不思議だが(でもないが)、どうやら人にものを教えるのが性に合っているらしい。

 

 校長の司馬至48才。塾業界で校長と言えば、一般企業での課長にあたる。元々は自身も塾講師であり、うわさではかなりの熱血、というか有り体に言えば、げんこつ厭わずの「こわい」先生だったそうだ。校舎運営のいそがしい中、今でも数は少ないが授業をもっている。中間管理職ながら、スパルタ講師時代の面影をその言動に残している。

 

 事務主任の三溜静香。冷静沈着で、暴走しがちな講師陣を抑えつつ、クールに事を運ぶ、頼れる司令塔。なかなかの美人。才色兼備で言うことないのであるが、ただあの一点、「あれ」さえなければ・・・・。


 さてここで6年受験組の生徒たちを紹介するにあたって、5年生のときに菅生君が彼らに書かせた作文を使ってみよう。題は、「将来の夢」だったそうだ。彼らの夢をごく簡単に要約して紹介すると、


織田

「困っている人を助けられる人物になりたい」

織田らしい。さらに

「鉄道関係の仕事につきたい」

とある。やつは鉄道マニアなのだ。鉄道マニアにもいろいろカテゴリーがあるが、彼の場合は車両そのものに興味の対象があるようだ。困っている人を助けられる鉄道関係の人か。う~ん。答えは本人に任せよう。


南出(みなみで、と読む)

「漫画家になりたい」

これも南出らしい。彼のおとうさんは何かのデザイナーだそうで、本人もよく絵を描いているが、なかなか上手だと思う。ただし、これとあのギャグセンスで本当に漫画家になれるのかどうかはまったく未知数。成績の方は中の下くらい。


春生(はるき)

「航空パイロットになりたい」

まあ、男の子によくある話だ。春生は仲良しの南出と一緒に入間基地でブルーインパルスの展示飛行を見たらしい。いたく感動したようで、その話を拙い文章で一所懸命に書いている。


飯田  こいつは「普通、地味」と前の項で省略されたうちの一人。

「研究者になって、ノーベル賞をとりたい」

そのわりにあまり勉強しない。兄弟を比較しちゃよくないが、彼の兄は優秀で都内の有名進学校に通っている。かつての俺の教え子だ。しかし本人は現在のところ、そこまでの成績ではない。まあ、中の上といったところ。ノーベル賞までの道は遠い。


充(みつる)  同じく省略された一人。

「国学院久我山中に受かって、ラグビー部に入る」

こいつは本当に地味だ。ほとんどしゃべらないし、めったに笑わない。しかし、男子で一人だけ目の前の現実的なことを書いている。彼は地元のクラブチームで少年ラグビーをやっている。それで全国制覇の実績がある国学院久我山に憧れているようだ。「入りたい」ではなく、「入る」と書いている。ただし、成績の方はまったく届かず低迷中。


大悟

「大悟様帝国を筑いて、絶体権力者になるたい」

バカタレが。こいつだけがふざけたことを書いて、作文なのに菅生君からバツをつけられている。帰国生とはいえ、漢字もめちゃくちゃ過ぎる。「筑いて」じゃなくて「築いて」だし、「絶体権力者」じゃなくて「絶対権力者」だ。語尾も「なる」と「なりたい」を迷った挙げ句、消し損いに書き損ないが重なって「なるたい」になっている。これじゃ、博多弁だろうが。書き直しを命じられたはずだが、なんて書き直したのかは不明。こいつ、サボって書いてないんじゃないか・・・・。


続いて女子。総じて女の子の方が現実的な夢だ。これはいつの時代も同じか。


りる

「背が高くなりたい」

まあ、そうかな。

「女子中よりも、共学中の方が入りたい」

こいつはスポーツマンの兄がいるせいか、わりと男っぽい面があって、6年間女子ばっかりは嫌なんだそうだ。女子大の附属中だと10年間女子ばっかりだからもっと嫌だろう。共学よりも女子中の方が入りやすいんだが。まあ、そこはがんばってもらおう。


かえで

「ミッション系の学校にいきたい」

やっぱり女子にこの線は多い。

「セーラー服とブレザーはどっちでもいいから、デザインのかっこいいところがいい」

感受性の強い10代の6年間、気に入らない制服を着て過ごすのは、女の子にとって大きくマイナスになるようだ。昔、俺は「服装なんかで学校を選ぶな!」と言っていたが、これは亡くなった妻に諭された。

「それはね、女の子にとって大切なことなのよ」

ってね。


ナナ   省略された残りの一人。

「陸上部に入って、選手になりたい」

実は、このナナ。全然地味じゃない。性格は大人しく、至って普通なのだが、見た目が目立っている。俺は欧州系のハーフなんだと思い込んでいた。本人から純然たる日本人なのだときいて、少し驚いた。髪の色も目の色もかなり薄い茶色だし、目鼻立ちがすごくはっきりしている。色白で、頭の形もモンゴロイド風の丸い形ではなく、西洋人っぽいから、俺が間違えたのもしょうがないと思う。父兄面談でご両親に会ってみると、二人とも確かに純然たる日本人だが、どちらも少し外人っぽい部分があり、お二人のその要素が娘に結集したようだ。クラシックバレエをずっとやっており、しゃべり方がおっとりしていて、いかにもお嬢様っぽいが、本人の希望からもわかるように、実はスポーツウーマンで、かなり運動はできるらしい。成績は、まあそこそこ。学年を問わず、塾内の男子の多くが彼女に視線を注ぐ。


 祐子はこのかなり後に入ってきたので、作文は当然ないのだが、もしもっと早くうちに来て、書かされていたら、なんて書いたんだろう。俳優を目指すつもりだったんだろうか?ちょっと興味の湧くところだ。しかし、大人びているから、さして面白くもないことを書いたのかもしれない。


 さて、ここで早くもある問題が起きた。

春生である。おかあさんから、面談の申し入れがあり、お会いしてみると、

「あの、受験をやめさせようかと思っています」

というお話。塾に不満があって退塾希望、というのとは違って受験そのものをやめるという。何か事情がありそうだ。

「もともと、お友達の南出君に誘われて、こちらにお世話になって、一年間楽しく通わせていただいたんですが、本人も「どこに入りたい」というはっきりした志望校がある訳でもないし、私たちとしては、無理に中学受験させたくない考えなんです。だとしたら、このまま、受験クラスにいても周囲の方にご迷惑をおかけするだけだし、あまり長引かないうちに辞めさせた方がいいのでは、と思いまして。」

「そうですか・・・・。中学受験させたくない、とおっしゃるのは?」

「あの子には向いてないと思うんです。それよりも何か、スポーツとか他のことをやらせて、もう少し本人が成長するのを待って、高校受験で頑張らせた方がいいのではないかと。あの子、幼いですから」

 春生のご両親は、ともに学者だ。専門はよく知らないが、お二人とも大学で教えていらっしゃる。さすがに、いつも理路整然としていて、決して思いつきや感覚でものをいうタイプではない。よくよく考えてのことだろう。俺たちが何か言って、引き止める隙間はなさそうだ。それにおかあさんの言う通り、春生に中学入試は向いていないと俺も思う。そもそも中学入試なんて、ませた子の方が有利に決まっているのだ。春生のように奥手なタイプは、高校入試や大学入試で頭角を現すものだし、もっと言えば、本当に自分の本領を発揮するのは大学に入ってからかもしれない。無理に青田刈りの中学入試でガリガリやらせるより、何か運動でもやった方がいい。その方が自然だ。丸ぽちゃの幼児体型で、どう見てもスポーツが得意そうには見えない春生だが、男の子は中学、高校でガラッと変わるから、何かやっていれば少しはたのもしくなるかもしれない。

「なにも有名中学に入らなくても、本人が興味を持って、やる気になったときに勉強してくれればいいんです。それに、勉強がしたいんだったら、それはどこでだってできますから」

聞いていてこちらの胸がすっきりする程の学者らしい正確な意見だ。学校のネームヴァリューにばかりこだわって、そこしか見ていないような親たちに聞かせたいくらいだ。

「お話、よくわかりました。それでは、退塾ということにされますか。それともうちに通塾日数の少ない一般クラスというのもありまして、そこにクラス替えされる方法もありますが」

「同じ塾の中で、クラス替えするのは本人が嫌がるんじゃないでしょうか?」

「そうですね。お薦めしておいて申し上げるのもなんですが、やっぱり嫌でしょうね。きっぱり辞められた方がいいですね。彼とはこのお話はされましたか?」

「はい。したんですが、それが、どうも続けたいようなことを言いまして。やっぱり、お友達に置いていかれるように感じるのか・・・・。」

「私も一度、ご本人とお話ししてみます。しかし、お月謝の方は既に第一期分として春期講習の前まで、いただいておりますので、そうですねえ、ちょうど学校の学年が変わるタイミングで退塾、というかたちで、よろしいでしょうか?」

「わかりました。本当に先生方にはお世話になりまして、ありがとうございました。特に丸木戸先生にはかわいがっていただいて。春生も先生のこと大好きなんですよ。いつもうちで先生のことを話してくれます。いい先生に出会えてよかったって感謝しておりました。なのに途中で辞めることになってしまって。申し訳ありません」

「なにをおっしゃいまして。私も彼がいなくなるのは寂しい限りですが、ご判断に誤りはないと思います」

「そう言っていただけると・・・。本当にどうもありがとうございました」


 そうかあ。まあ、うすうすあり得る話と感じてはいたが、実際にあいつがいなくなると思うと、正直寂しい。思えば、気持ちのまっすぐな、性分のいい子だった。模試で平均点をとるのがまずはの目標、というくらいの成績だったが、それはすべて幼さが原因で、頭はいい子だった。鍛えれば、どんな風に「化ける」のか楽しみでもあった。

しかし、これもご両親が本人のためを思って下した判断だ。仕方ない。問題は、続けたがっているというやつの気持ちだ。志望校については、どこか憧れの学校があるというのではなく、おそらく全くの白紙だろう。続けたい、という理由が「みんながやっているから自分もやりたい」ということなら、ご両親の判断にしたがうよう説得した方がいい。そうではなくて、なにかあるのか、そこがまだ本人と話してみなければわからない。


 数日後、授業の合間に、春生に声をかけてみた。

「春生。お前、おかあさんに何か言われてるだろ」

「え。なんのこと?」

「あれだよ。塾辞めるっていう話」

「・・・・。僕、辞めないよ」

「おとうさんとおかあさんは受験させないっていってるんじゃないのか?」

「だって、おかあさんは、どこも行きたい学校がないんだったら辞めなさいって言ったんだもん」

「お前、どこか志望校あるのか?」

「うん。あるけど、秘密」

「ばか。受験の指導者に志望校を秘密にしてどうすんだよ。言ってごらん。誰にも言わないから」

「どこの中学がいいのかわかんない」

「なんだ。志望校ないんじゃないかよ。ってことは、どこでもいいからどこかに入りたいってことか?」

「ん~~。そうじゃない。どこでもよくはない」

「じゃ、どんなとこがいいんだ?附属の学校なのか、進学校なのか、言ってみな」

「進学校。行きたい学校がある」

「だからそれがどこの中学校なんだよ」

「中学校はわかんない」

「ん?・・・・あ。お前が行きたいって学校は、大学なのか。行きたい大学があるから進学校にいきたいんだ」

「そう」

「ってことは、行きたい大学は国立だな。じゃ、東大か?」

「まさか。東大じゃない」

「ひょっとして、お茶の水女子大学じゃないだろうな。お前には絶対無理だぞ」

「当たり前じゃん!違うよ。秘密。でもいいとこだから、いい進学校に入るんだ」

ここで、次の後コマのチャイムが鳴った。すぐ春生を教室にもどして、俺も別の授業に向かった。


 みんながやるから自分もやりたい、というのではなかった。そこまで幼くはなかった訳で、その点はほっとしたが、さて、少しばかりやっかいになりそうだ。おかあさんとの面談の結果は修正が入る可能性がでてきた。


 翌日、春生のおかあさんに電話してみた。

「春生君、どこか行きたい大学があるみたいですね。それでどこかの進学校を受けたい、ってことのようです」

「ええ。さっきまでそのことで本人と話していたんですが、喧嘩になってしまって。あの子が行きたい大学っていうのが、どうも現実味のない話で。防衛大学にいきたいんですって」

「ええ!それはまた、どこから出てきた話なんですか?私はてっきりお父さまがお勤めの大学かと思ってました」

「ええ。そんなことを言ってた時期もあるんですけど。誰から防衛大学のことを聞いてきたかわからないんですけど、あの、ブルーインパルスのパイロットになりたいらしいんです」

「あ。そういうことか」

「なんとも子供っぽい話で、申し訳ありません」

「いえいえ、立派な動機ですよ。そうか、そうなんだ。おかあさん、少し私にまかせていただけませんか。彼の気持ちが本気で一年間頑張れるだけの強いものなのか、確かめてみたいんです」

「ええ。私たちだって、あの子が本気でやりたいんなら、そうしてやりたいと思っています。先生の目から見てどう思われるか、是非、話を聞いてやってください」


 物事、何に限らず、やっているうちに本物になってくるってことは大いにある。春生の夢だって、今は子供の幼い夢だが、頑張っているうちに何かに成長していくことだってあるだろう。ただ、防衛大の採用試験はまだずっと先の話だ。そのために中学受験をする必要はないし、あいつの潜在能力なら特になにかしなくても高3の段階では射程圏内に入ってるんじゃないかと思う。本人の気持ちに水をさすようなことは言いたくないが、実際の状況や可能性を伝えることはやっておくべきだ。


 二日後、また春生と話してみた。今度は面談室に呼び出して1対1で話した。

「おまえ防衛大学校にいきたいんなら、高校入試から頑張ったっていいんじゃないのか?」

「んー。でも今頑張りたい」

「そうか。おまえがやる気出してるのに、先生の方からやめろっていう理由はない。頑張んなさい。でも、おまえ本当にやれるんだろうな。途中でつらくなって、やっぱりやめたって言うんじゃないだろうな」

「やる」

「夏期講習とかしんどいぞ。400時間とか勉強するんだぞ。それから先ももっと勉強するんだぞ」

「えー!そんなにするの? でもやる」

「防衛大の採用試験にはな、すごくつらいものもあるんだぞ。知ってるか?」

「体育のテストのこと?」

「ああ。それもある。だけど、もっといやなのもあるんだぞ」

「・・・え。・・・どんなの?」

「あのな。お医者さんの身体検査でな・・・ちんちんを調べられるんだぞ」

「ええ!?そんなのある訳ないよ!」

「それがあるんだよ。しかも、ちょっとみるだけじゃないんだぞ。じっくりたんねんにみるんだぞ」

「げげ。そんなのうそだ!」

「ばか。受験の指導者が進路のことでうそつくか。本当なんだよ。それでもやるか?」

「うう・・・。やる。がんばる」


 こんなことを言うつもりじゃなかったんだが、俺も本当にバカだな。つい勢いで知ってる面白話を出してしまった。しかし言ってしまったものはしょうがない。まあ、春生の覚悟を試す材料にはなったか。ただ、とてもおかあさんに報告できる内容じゃない。電話するのは、もう少し、待ってもらうことにしよう。※


 どこの進学塾でも大体似たり寄ったりだが、6年生になると週のうち2日が算数、国語で1日が理科社会になっていて、これがレギュラーの授業だ。うちの場合、いずれも夕方から前コマ100分があって、お弁当を食べてから、後コマ100分をやる。算国の日と国算の日があり、理社の日と合計で週に600分の授業時間となる。これに追々、土曜特訓だとか日曜日の志望校別対策授業なんかが増えるから各コマで出される宿題や学校も入れると受験生は本当に勉強漬けの毎日だ。今はまだ土日が空いているが、それでも5年生までは授業中にころあいを見てとっていた4、5分の休憩を6年生からはなしでやるから、100分ぶっ続けの授業を2連コマだ。この時間に慣れるまで生徒たちには結構きついはずだ。今日の授業でも、頑張る宣言をした春生だが、後コマの終わりが近づくにつれて、次第に目がトロンとしてきて、しまいには視点が定まらなくなり、こっくりこっくりし始めた。4月1日生まれのこいつは実質まだ4年生の終わりくらいの成長段階なのだろう。そっとしておいてやったらついに机に顔をつけて寝てしまった。

「先生~。春ちゃん、寝ちゃったよ」

となりの南出が春生を指差して小声で訴えているが、

「ああ。春生にはこの辺が限界だろう。寝かしといてやれ。後で宿題とか教えてやれよ」

「は~い」

春生の顔を覗き込んで、その白目をむいた寝顔のものまねをする南出にみんな吹き出しそうになったが、ここはこらえて静かに授業を続けた。


 



※ 現在の防衛大学校の採用試験には、この身体検査はありません。