FC2ブログ
 山村 聰(やまむら そう)という俳優をご存知だろうか。
僕と同年代以上の方なら、殆どの人がわかると思う。ある人にとっては、山本五十六であり、ある人にとっては、「ただいま11人」のおとうさんであり、ある人にとっては、徳川家康であり、またある人にとっては、初代必殺シリーズ「必殺仕掛人」の元締めである。
 というように、俳優として最高域の存在感を持った人だった。その役は、観る者にとって「山村 聰」そのものになってしまう。明治生まれで、10年前に90才で亡くなった昭和の大俳優である。
 しかし、ここでその俳優としての素晴しさを語ろうとしているのではない。
山村さんは、淡水域の釣りをながく趣味としてこられた。その趣味(といっても半端じゃないが)の集大成的なエッセイ集が表題の「釣りひとり」なのである。
神戸出身で、東京帝国大学卒業、ということもあり、東西の淡水釣りの名所をどちらもこよなく愛され、僕にとっては身近な印象もあるが同時にまた、遥か高い存在でもある。僕の釣りなどは、山村さんの見識と比べれば、大人と赤ん坊である。
特に、「釣りひとり」で語られている琵琶湖、瀬田川方面のようすが素晴しい。まだブラックバスもいない、もっともっと前、高度経済成長期で琵琶湖が汚れてしまうもっと前、砂浜でみんなが海水浴ならぬ淡水浴をしていた時代の風情がよく伝わって来て、懐かしいような、大切なものに久しくであったような、そんな思いが心をよぎる。
僕も小さい頃、滋賀県出身の両親に連れられて、きれいな琵琶湖を見ていた。釣り好きの父に連れられて、何度も琵琶湖に来て、魚の大きさや、風景の大きさや、水の深さと怖さなどを知った。大阪の近所の池や淀川とは、すべてが違って、なにもかもが偉大だった。
琵琶湖で釣ったホンモロコを父が一匹ずつ開いて甘露煮にして食べたりもした。実際、昔は母の郷里大津でも、モロコやタナゴの甘露煮や湖アユの煮たのなんかが、琵琶湖の名産品としてそこここで売られていたものだった。
 山村さんの釣り道楽は、へら鮒釣りにいきつき、さらにはへら竿の製作にまで手を染め、文章の中でも「へら竿はかくあるべき」との持論を展開するにまでいたる。趣味もここまでつきつめれば、まったく大したものだと思う。

その文章も感性豊かで、ときに深く、鋭く、また格調高く、気品を携えたすばらしいものだ。さすが芸能界きってのインテリだ。僕は山村さんの文章に少なからず影響を受けている(こんなんでお恥ずかしい限りだが)。

釣りに興味のある方はもちろん、あまり関心のない方でもきっと読み応えがあると思う。一度、覗いてみてください。
http://www.tsurihitori.com/





スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://goinghome153.blog76.fc2.com/tb.php/130-e8753cba