2015.03.20   落語の話
 上方落語の神様、桂 米朝師が身罷られた。
米朝さんの貢献、業績については多くの方々が語られることと思うので、ここではあえて言わない。
僕はちっちゃい頃から落語が大好きで、そして中学生くらいまでの僕にとって落語家といえば「桂 米朝」だった。
テレビで米朝さんが出ていると母が外で遊んでいる僕をわざわざ呼びにきてくれるほど大好きだった。
高校生くらいになって、いろいろ自分なりの好みとかを探してみる楽しさを知って、枝雀だ、春蝶だ、鶴光だ、と次世代の噺家さんを追っかけたりしたもんだが、スタンダートはやはり米朝さんなのであった。
僕らの世代には落語家さんに憧れて、自分でもやってみる人とか、実際に噺家さんに入門した人とか、そのままプロになった人とかが結構いる。これも、高い技術をもって、わかりやすく話すことを大事にされた米朝さんのお蔭なのだと思う。

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ありがとう、米朝師匠。やすらかに。

 米朝さんと入れ替わるようにして、柳家小三治師匠が人間国宝になられた。
「若手でうまくなりそうなのは小三治だね」
なんて、僕が酒をのむ年代になってからでさえ、行きつけの店で常連の人たちが言っていたのを思うと、時のながれは速いもんだと改めて思う。

実は、去年の暮れあたりから、久しぶりに落語をよく聴きにいくようになった。きっかけは毎年12月に、地元で古今亭文菊さんの落語の会があり、縁あって4年前から僕が前座(といっても尺八と琴の演奏だが)をつとめさせていただいているのだが、文菊さんがもうどんどんうまくなっていくのを目の当たりにして、火がついたのだ。
という訳で、これから落語の話題も書いてみようかと思っている次第。
僕は特に落語に詳しいわけでもなく、ただ、一ファンとしての雑感。のんびり書いていこうと思う。

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