ツーリング最終日の朝、フェリーでホットドックとサラダを食べて、バイクで下船したら、仙台は曇り空だった。
ipad で見た天気図では南下していくと雨になりそうな気配だ。前回のツーリングでは雨にたたられまくって、最終日は嵐の中を帰ってきたが、今回も行きと帰りは雨か。しかし北海道では降られなかったから、まあいいか。昨日、お土産を買うのに苦労したが、実は今日もお土産を買おうとしている。自分が食べたい訳ではなく、なぜか人によろこんでもらいたいのである。というか常日頃、周囲の方々にご迷惑をおかけしているため、こういう機会にいい顔をしておきたいのかもしれない。各方面へのお土産を自分なりに工夫をこらしたつもりで、トウモロコシとマルセイサンドと萩の月の3種類に分類したのである。残るひとつ、仙台銘菓の萩の月をやっぱり計画通り買っておきたかった。という訳で、いつもは仙台港から南部道路を使って、渋滞の多い市内を避け、東北自動車道に乗るところを、今回は市内に入ってみた。仙台で萩と月と言えば超有名。きっとすぐにお店が見つかるものと思っていたが、これが甘かった。市内の幹線道路を仙台市の中心地に向かって北上したが、なかなかお店らしいところがない。かなり走ってようやく大きな看板を見つけ、「この先400mのスーパー内」と書いてあるのを発見した。ところがその先400m付近にはスーパーらしきものがない。片道3車線の大通りを苦労して行ったり来たりしながら探したが、どうやらスーパーは閉店した様子で、看板だけが更新されずに残っているらしい。勘弁してよ、もう。専門店でなくてもいいからお土産品、もしくは和菓子が買えそうなところを地図とみらめっこしながら、はたまた道行く人に勇気を出して尋ねたりしながら探しては右往左往した。そのうち雨がパラパラ降ってきて、やばい雰囲気になってきた。駐車して、早い目にレインウェアに着替えたが、諦めきれずに、渋滞の中、排気ガスをしこたま吸いながら、市内を探して回った。なんで僕はこういうことに疎い(時間がかかる)かなあ。要領のいい人なら、そんなのパッと済ませてさっさと高速に乗っているだろうに。そういえば、大学時代に親友と日本橋(大阪のにっぽんばし)の電気屋街にウォークマンを買いにいって、あまりに僕が方向音痴で時間がかかるために彼をぶち切らせてしまったことがある。そりゃ真冬に1時間も外で待たせたら怒るよなあ。あの頃は携帯電話もなく、あせって彼の待ってる場所へ戻ろうとしてさらに訳のわかんないところに行っちゃったりして、気が付いたら1時間を超過していた。手袋を地面に叩き付けて怒った彼に
「それで、目的のもんは買うたんやろうな」
と問いただされ、困ったが正直に
「いや、店がどこかわからんようになって、結局買ってない」
と答えると、さらにプチンと頭の中が切れたようで、黙って背を向けて歩き出した。後を追って必死で謝り続けたが、彼が口をきいてくれるまで何分かかかった。機嫌を取り直してくれて、彼の下宿で飲むことになったとき
「じゃ、今夜はコバヤっさんのドン臭さに、乾杯」
と言われて、ホッとしたような悲しいような妙な気分になった。なんだかあの頃と変わってないなあ。思い出すと情けなくなって、90分を経過した時点で諦めることにした。トウモロコシをたくさん買ってあるから、その数を調整すればいいか、と思った。何事も臨機応変にいかないとね。今日は何も時間制限はないが、精神的に疲労するのもよくない。諦めて、東北自動車道に向かった。雨が本格的に降り始め、寒くもなってきたので、高速に乗る前にどこかでレインウェアの下に重ね着した方がよさそうだ。とはいうものの、車の流れに押されて、なかなか駐車できない。いよいよ高速の入り口が見えたところで、なんと巨大な「萩の月」の看板を発見。この道沿いにあったのだ。左車線を走っていたので、難なく店の駐車場にすべり込み、バイクを停めて店内に入った。ここはメーカーの直営店のようだ。苦労した分、うれしい反面、なんだったんだこの〜、という気持ちもある。市内をうろつかなくても高速にのる直前にちゃんと建ててくれてたんだ。考えてみれば、立地条件として当たり前だ。アハ〜んおバカなのね、僕。大きな店内に贅沢にディスプレイされた萩の月を予定数買って、バイクのトップケースに積み込み、着替えをして、さあ、いよいよ高速走行だ! 気分を入れ替えて南に向かってGo!
 お店から高速道路の入り口まで200mくらいだった。ETCの恩恵を十分に感じて改札を通過し、そのまま加速して東北道の主流車線に入っていった。まだ雨足は細い。時々、左手の人差し指でヘルメットのシールドを拭きながら(そうすると雨粒がとれるようにワイパーみたいなゴムがついている)100km/時で巡航した。市内をうろついて疲れたので少し早めに休憩を取ろう。走りながら今回の思い出やら風景を頭の中でチラっチラっと映し出した。
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これは帯広で有名な、まっすぐ一本に伸びた並木道。映画やCMなんかによく登場する。この入り口に自転車で道内を回っている若者がいた。僕も写真を撮りたかったが、全然動かないでしきりにカメラをのぞいている。何分待っても入り口から動かないので、できるだけフレンドリーな感じで
「こんにちは。もしかして、ご自分の写真をお撮りになりたかったらシャッターをおしましょうか?」
と声をかけたが、全く無視。
「こんちには」
とまた言ったが、背を向ける。どうもバイクライダーに反感を持っているのか、迷惑そうな雰囲気だ。こりゃ諦めていくか、と思った時、並木道の中に漕ぎ出していった。彼が見えなくなるまで待って、撮ったのがこれだ。

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これは阿寒湖畔のお土産屋さん街。フクロウは守り神なんだそうで、いろんなところにこういう木彫りがある。ここのある店の若旦那とアメマス釣りの話しで盛り上がってしまった。彼もサケを釣ってしまったことがあって、そのときの様子が自分の体験とほぼ同じで、他のお客さんそっちのけで2人で話しに夢中になった。

 いろんな思い出を胸に、吾妻PAで休憩をとった。雨がいよいよ本格的になってきて、寒さを感じるようになった。レインウェアを新調しておいてよかったが、帰路は旅の終わりだけに出発のようなワクワク感がないので、新しいウェアを着てもなんだかうれしくない。こういうときは何も考えず、ひたすら走って距離をかせぐしかない。仙台で落とした時間の余裕はだんだんなくなってきた。しかし、疲労も回復しつつの走行だから、安全のために明るいうちに帰り着く(いつもはそうだった)のは、諦めた方がよさそうだった。吾妻PAを出てからは思い出とかも忘れて、ただただひたすら走り、そして休んだ。そのせいか、食事も何をどこで食べたか覚えていない。ずっと雨の中を走って、佐野までたどり着いたときは夕刻を過ぎていた。正直、もう走りたくない。夢のようだった旅を終えるためだけに、楽しかった時間の幕を閉じるためだけに、しんどい思いをして走る。これも自分が望んだことだ。最後までしっかり自分のために計画したことを実行していくしかない。

 疲労もたまってきた。休んでも回復の自覚はなくなってきた。そして羽生の手前あたりから道が混み始めた。こうなると無理は絶対に禁物。僕もバイクの事故による骨折は4カ所あるが、もうたくさんだ。それに後続車があると、自分が転倒するだけではすまず、大きな事故になる危険がある。羽生のPAで休憩にしよう。SAと違ってお店に入って休むことはできないが、それでも休まないよりはいいはずだ。バイク用の駐車スペースにModerato を停めてシートから降りたら、自分が半端じゃなく疲れていることに気が付いた。雨ざらしのベンチに座る気も起きず、木の植え込みの脇の芝の上にヘルメットのまま仰向けに倒れ込んだ。肩で息をして、雨の夜空を見上げて、少しでも体が、神経が休まってくれることを祈った。首から侵入した雨水が肌着の中をたちまち濡らしたが、もうどうでもよかった。しっかりしろ俺。事故らずに無事に帰る。これが目標だろ。意識をしっかり持って、事故を起こさない責任をちゃんと果たそう。そう自分にいいきかせて約30分のゴロ寝の後、重たい体を起こしてバイクに戻った。羽生からは万が一、転倒した場合のことを考えて一番左車線の左寄りを辿っていった。最悪、転んでも後続車が避けられるようにだ。前輪がすべって転倒するときのあの嫌な感覚が頭をよぎる。いかんいかん。思考が後ろ向きになってる。ここで、メーターが走行距離29999kmを示しているのに気が付いた。あと1kmで30000kmだ。おお、これは天の救いか。気が滅入ってきただけに何か気分が前向きになる材料はありがたい。
スピードをさらに落として、30000kmになる瞬間をのがさないようにした。
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路肩にバイクを停めて、またがったままデジカメで記念写真を撮った。

 僕がModerato を買ったとき、ワンオーナー車で走行19000kmくらいだった。20000kmのときはいつのまにか超えてしまっていたので、今回はちょっとうれしかった。気をとりなおして走り出してから、しばらくしてメーターパネルにスパナのマークのコーションがついた。やばい、ここで故障なんて非常にまずい。何のコーションかわからず、とりあえず路肩でバイクを降りて問題箇所を探してみた。ランプ類、ブレーキ周りに異常はなかった。どうする? ここで考えていても仕方ない。まだ走行に不具合が出ていないから、慎重に走って距離をかせぐ。そしてガソリンを入れられる蓮田SAで調べてもらうことにした。「まだだ。たかがメインカメラが壊れただけだ」というガンダム最終回のアムロの台詞を思い出して、「大袈裟だなあ」と苦笑した。蓮田でガソリンを入れて、店員の人に見てもらったら、なんのことはない。30000km過ぎると「点検に出しましょう」という意味で出るマークらしかった。点検は出発前に入念にやってもらっている。安心したのと、しばらくぶりで人と話したことで、精神的な疲れが少しとれた気がした。

 ここからは都内まで一気にいける感触がでてきた。車の数が益々増えてきて、都心の走行になってきた。ほどなく川口から首都高に入った。いつもここで東周りで走り、堀切から荏原に向かおうとするのだが、一度もうまくいったことがない。気が付いたら南に行き過ぎていて、首都高を降りてから北に戻らなければならなくなる。今回は江北ジャンクションから西へ行って池袋を南下していくルートを選んでみた。ところがどこをどう通ったのかわからないが、いつの間にか巨大なカタツムリの体内に入り込んでしまった。しかもカタツムリの中は凄い渋滞で、螺旋状の登り道を最徐行していくはめになった。さっきまで寒かったのにここはもの凄く暑い。一気に汗が噴き出した。屋内にたまりこんだ排気ガスも半端じゃない。くそう、最後まで試練は続くなあ、もう。カタツムリをようやく出ると、三軒茶屋の表示があった。ここからは僕も道がわかる。よく知った環8に入り、自分の生活圏に戻ったことを実感しながら、慎重に帰路を辿っていった。

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なんとか無事にうちまで帰ってきた。疲労困憊だが、そして旅が終わったさびしさはあるが、それでも幾ばくかの達成感はあった。まだ熱気を放つModerato のタンクにキスをしたら、雨水がエキパイに垂れてチュンと音がした。いとおしい。心からそう思った。荷物を降ろしながら、
「ありがとうな。おまえは本当にえらいなあ」
そう話しかけていた。

 今回の旅で僕は何を学んだのだろう。それを確かめたくてこの拙い文章を書いてきたが、未だによくわからない。何も学べなかったのではない。たくさん学んだが、それをどう表現してよいのかがわからないのだ。まあいい。
きっとこの旅はどこまでも続く。何かをつかもうなんて、思わなくていい。何かを手にする日が来たら、それはそれでいい。自分が生きている証として、求め続け、走り続けるのみだ。そう。この道が空と出会うまで。


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