「わたし、おかしい。絶対おかしい」
妻の里香がそう言い出したのは、十一月の終わり頃だった。人一倍大柄でいつも体を鍛えてきた彼女が少し歩いただけで息が上がってしまうという。
「ちょっと階段のぼっただけで、もう苦しくなってハアハアいってるもん」
なんだかよくわからないが、それは大変だというので、早速、最寄りの病院に行かせた。僕は仕事で同行できなかったが、夕方、電話で検査のために入院することになった、と伝えてきた。
「この機会に徹底的に診てもらえよ」
そう言って切ったが、心配なので仕事が終わってから病院に寄って本人に会ってみることにした。里香は二十代の終わり頃からずっと子宮内膜症に苦しんできた。はじめに診てもらった婦人科医には、最重度の症状で内臓の癒着も結構進んでいると言われた。この病気は、うまく妊娠できれば、好転するのだそうだが、残念ながら僕ら夫婦にはそのおめでたい話しはやってこなかった。その先生が引退し、お医者さんをいろいろ転々としながら、ここまで騙し騙しやってきた感じだが、今回の症状との関連が、素人の僕らには、よくわからなかった。
 
 病室に見舞いにいくと
「とりあえずレントゲン撮ってもらったら、腎臓が腫れてるんだって。明日もっとくわしく調べるって」
という。とにかく今夜は安静に、と言いかけたが、入院中のベッドの上だから静かにしかしようがないはずだ。と思ったところで気が付いたが、それは普通の人の話しで、彼女の場合、興味本位で院内を歩き回ったりしかねない。昔からフジテレビのドラマ「白い巨塔」の大ファンで医学関係のいろんな事に首を突っ込もうとする。そもそもが好奇心の強い女で、空想もたくましい。そんな奴が憧れの「白い巨塔」ワールドに入り込んだ訳で、今朝の深刻そうな表情はどこへやら、何かやらかす時の危険な薄ら笑顔になり始めている。
「病気なんだから、ちゃんといい子にしてなきゃあかんぞ」
というと、こちらには目をあわせずに
「え。ああ。大丈夫、大丈夫よ」
という。大丈夫を二回続けていうときは信用できない。念押しで
「お前、この病院内で、財前教授ごっこは禁止だからな」
というと、少しイラっと来たように
「わかってるってば。そんなことしないわよ」
と軽く僕をにらんだ。その表情が元気なときとはやはり少し違ったので、まあ自重するか、と思い、頭をなでてやって部屋を出た。

 帰宅してから、彼女が入院し、仕事を休むことになる旨を彼女の職場にメールで連絡した。すぐに心配して返信してきたが、検査のための入院だからそう長引くことはないと思う、というようなことを追伸した。海外に住んでいる里香のおかあさんとお兄ちゃんには、余計な心配をかけるといけないので、検査の結果を待ってから連絡しようと思った。大したことなかったり、すぐによくなったら、何かのついでに事後報告することにした、つまり後回しにしたのだ。その夜は、久しぶりのひとりを楽しもうか、という気持ちと、つれあいが入院したのに浮かれてる場合か、という気持ちが微妙なバランスで、でも結局気の弱い僕は後者が勝ってしまって、飲みにいくだのそういう勇気の要ることは何もせず、心の中で、何事も起きませんように、と祈るだけで早々に寝た。

 翌日、病院でレントゲン写真などを見せてもらいながら説明を受けたところ、少しの運動で息が上がっていたのは、胸膜の内側に水がたまって、肺が縮んでいたせいで、これは応急処置としてすでに胸水を抜いたこと、そして腎臓が左右とも腫れていてこの原因がまだ特定できていないことを知った。確かに写真で見ると、通常グーの拳のような形をしている腎臓が少し開いて半ばパーのような形になっていた。持病の子宮内膜症のことも僕からいってみたが、
「ご本人からもうかがっていますが、その関係性についてはこちらではよくわかりません」
といわれた。そこそこ年配の結構頼れそうな感じの先生で、わかること、わからないことをはっきり言ってくださったので、好感が持てた。彼の勧めもあって、一番近い大学病院に転院して、くわしく調べてもらう事になった。里香にそのことを伝えると、
「あ〜、やっぱり長引くかあ。やだなあ」
といいながら、大学病院という言葉に色めき始めていることをその眼の奥のいたずらな輝きから見て取れた。こいつ本当に白い巨塔オタクだなあ、と思いつつも、まあ今までいろんな科が集まった総合病院で検査入院したことはなかったので、いい機会か、とも思った。とにかく今の症状がよくなって元気になってもらわないと困るし、これを機会に持病の方にも何か新しい展開があってよくなるかもしれない。長年、婦人科にかかりながら、進展してこなかったので、多角的に診てもらえることはなんとなく希望が持てるような気がした。とにかく腎臓の腫れが引くまではこの病院にいて、その間に転院の手続きやら準備やらをすることになった。

 里香は身長172センチと僕らの世代の女性としてはかなり大きく、しかもひょろっとしたタイプではなく骨太の体質で、見た目ははっきり言って強そうだ。実際、体を鍛えることに熱心で独身時代から男が使うような鉄アレイを愛用していたり、ジムに通ってトレーニングにいそしんだりで、さらにはプロレス博士だったお兄ちゃんの影響もあって格闘技のいろんな技を知っており、リアルに強い。ボクシングを習っていた僕と拳をお互いの顎に向けて突き出し、リーチの長さを競ったことがあるが、彼女の方が長く、僕の拳は届かない。どうだ、といわんばかりにニヤつきながらグイグイ拳を押し付けてくる上に、前に出した方の足で僕のつま先を踏んでくる。
「どうでもええけどさあ、足踏むのはやめろよ」
と抗議したら
「ふん。ケンカの基本よ」
ときた。四十代になっても握力48キロ、背筋力200キロ以上をキープするとんでもない女である。これにふさわしく、性格やその言動も大胆というか、お世辞にもおしとやかとはいえないタイプで、周囲には強い女の代表のように見えていることと思う。しかしその反面、ずっと病気に悩まされ、人の知らないところで、本当に苦しんできた。生理痛のひどい女性は多々おられると思うが、彼女の場合、これに加えて排卵前痛、排卵痛、さらに月によっては排卵後痛まであり、しょっちゅう痛い思いをしてきた。ひどいときには痛さのあまりに胃の中のものを吐いたりもした。普通の鎮痛剤で効かないこともよくあり、座薬タイプの強力なものを使っていた。そんなとき、僕にはどうすることもできず、ただただ背中をさすってやってオロオロするばかりだった。そういう意味では体力面ばかりでなく、精神的にも随分タフな強い女である。人から勧められていろいろなお医者さんにかかってきて、治療法もあれこれ試してきたが、どれも確たる進歩のないままここまでやってきた。年齢的にも42才で、念願だった子供は僕の中ではもう半ば以上あきらめていて、それよりも悪いところを取ってしまって、楽をさせてやりたい、と口には出さないものの、そう思い始めている。それができたら、これまで苦しんできた分、ふたりで仲良く楽しいことをいっぱいして、損した分を取り返してやりたいと思う。しかし、彼女によれば、病気のことより、僕の変人さが原因で、普通の夫婦が楽しみにしていることがいくつもできなかったと言って、散々ぼやいている。例えばその一つは旅行なのだが、僕は旅行が苦手で、ほとんどどこにも行かない。これまでにふたりで行った旅行は、お金がなくて一年遅れで行った新婚旅行のバリ島と、三十代の真ん中に行った彼女の長年の憧れであるアイルランドへの旅行、それに彼女の学生時代からの友人である画家が大浴場の壁画を描いたというので、行ってみた岩手の温泉一泊旅行の三つだ。三回も行ったのだからもう十分だろうと僕は思っているが、どうもそうはいかないようで、おかあさんが
「純ちゃんが旅行しないから、私が里香を連れ出しますよ。お留守の間、不便でしょうけど承知してね」
といって、日本にいるときも海外へ移ってからもちょいちょい親子でどこかに行っている。世間ではもっと頻繁に旅行するものなのか。おかあさんはそう言うが、僕は別に不便じゃない。里香は洗濯以外の家事は必要に迫られない限りやらないし、料理は元々僕の担当だ。二三日洗濯ものがたまったってどうということはない。いい親孝行になるんじゃないかと思うし、どうぞどうぞ、という感じだ。旅行に対する考え方が僕と里香で随分違っていたようで、アイルランドに行った時、ダブリンだったと思うが、できるだけ安い宿でできるだけ食費も押さえようとする僕に不満を言い出した。
「あああ。せっかくここまできたのに、なんでこんなさもしい生活しなきゃなんないのよ」
という。僕にとって旅行とは、自分がした訳ではないが、僕の学生時代の友人たちがやっていた貧乏旅行で、アジアやアフリカ、南米などを現地の人々とふれあいながら放浪していくようなイメージだった。それを言うと
「それは学生がやることでしょう。私たちそんな年齢じゃないのよ。もっと普通に観光したいわよ」
とかなり怒って言う。
「そんなことが楽しいのか?」
と言うと
「楽しいわよ。みんな誰だってそう言うわよ。だからみんな観光旅行に行くんじゃないよ。あなただけが楽しくないのよ。あああ。こんな変人とつきあわされて私いっつも損してきたわ」
と言う。観光旅行が楽しいものだとは知らなかった。しかし、考えてみれば里香の言うとおり、多くの人が観光旅行にお金を使う訳で、やっぱり僕が世間の感覚とずれているのかもしれない。しかし、言い分はわかるが、その言い方がむかついて喧嘩になってしまった。その晩、ひとりで考えて里香の言うように旅の路線を変更しようと思った。ただでさえ、僕のやらかすいろんなヘマでイラついているだろうに、そしてアイルランドに来たかったのは僕よりも里香の方だったのに、このまま僕の我を通すのはよくないと思ったのだ。どんなヘマかというと、里香が買ってくれて大事にしていたフライフィッシングのデザインの腕時計を電車の乗り換えの際に置き忘れて失くしたり、楽しみにしていたダブリンのボクシング会場を持ち前の方向音痴が原因で、2時間も迷って彼女を連れ回した挙げ句、シーズンオフの閉鎖中で入れてもらえなかったり、といういつもの僕のパターンだ。確かにこれにつきあわされるのもつらいだろうな、と思った。それにそもそもこの旅行は里香のお手柄で実現した話しでもある。当時、里香は都心にあるイギリスの証券会社で資料整理のバイトをしていた。そこのクリスマス・パーティーの余興でクイズ大会があり、エリートぞろいのその中で、なんと見事に優勝し、その賞品が、ロンドン〜成田の往復ペア・チケットだったのだ。カツカツの生活を続ける僕ら夫婦にとって、千載一遇の大チャンスをものにしたのだった。ロンドンからダブリンなら距離的にも航空運賃的にも僕らの手に届く範囲だった。次の日からは里香の思うようにしていったところ、楽しい思い出がたくさんできた。それについては、また後述の機会があるだろう。

 最初の病院には結局三日間いて、朝に自宅に戻り、その日の午後に大学病院へ転院する段取りとなった。そこで病院の支払いをしたのだが、これがびっくりの高額で、
「それ保険が利いてないわよ。まったくあなたのやることときたら、いつもこうなんだから。もう一度行ってちゃんと取り返してきなさい!」
里香にそう言われて、再度、病院の会計にいったら
「いえ。保険は利いております。保険の分を差し引いた金額です」
と言う。個室だったような気もするが、それもあいまいなくらいの大したことない部屋で、決してビップルームじゃない。えええ!それでこんな高いの!僕の月収の半分を支払うなんて。うちへ戻って里香に言ったら、目を丸くして驚いていた。先が思いやられる。しかし、予定通り大学病院には入って、しっかり診てもらわなければならない。お金のことは忘れて、午後には大学病院に向かうことにした。初日は、いろんな段取りの説明があって、入院中の決まりや検査の予定を聞いて、夕方前に僕は帰宅することになった。里香の表情はまあ普通だった。白い巨塔のことは、今のところ頭から消えているようだ。二三日の入院で一旦退院となる予定なので、検査結果を聞いて、今後の方針を考えることになる。そこからが重要になってくるので、今回の入院はあくまでその前段階なのだ。
「ナオのご飯ちゃんとあげてね」
「うん。大丈夫やで。明日の夕方、また来るからな」
と言って部屋を出た。ナオとは僕らが飼っている猫の名前だ。雄の黒猫で人懐っこくやんちゃな可愛い奴だ。午前に一時帰宅したとき、外から飛んで帰ってきて早速に里香のひざに乗って甘えていた。子供のいない僕ら夫婦にとっては、大事な存在だ。僕は一旦うちに戻って、夕方から用事で出かけた。里香のいない夜も四日目を数えるが、元々、僕は孤独には耐える方なので、大したことではない。それよりも今回の総合的な検査で、何か進展があることを祈りたかった。里香はいつもテレビをつけている人だが、僕はひとりだとテレビは見ない。ナオはソファーで寝ているし、静かな夜は何事もなく過ぎていった。そしてそれは翌朝にやってきた。
 


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