翌朝、起きたら、もうおかあさんの作った朝食ができあがっていた。「しまった、もう少し早く起きるんだった」と思ったが、時既に遅し。
「おはようございます。すみません。朝ご飯作っていただいて」
と言ったら
「あらいいわよ。私は朝いつも早いから。純ちゃんも疲れてたでしょう」
と普通の表情でおっしゃる。
「おかあさんこそ、お疲れでしょうに。でも、ありがとうございます」
そんなの、おかあさんの方が疲れているに決まっている。まだまだお元気とは言え、高齢だし、我が子の命がかかった一大事に海外から飛んで帰った翌朝である。本当に頭が下がる。なのに自分ときたら、できるだけおかあさんに負担をかけたくない、とは思っているのにスタートからこのざまである。しかし、考えてみれば、おかあさんにとってここは勝手知ったる我が家であり、むしろ僕の方がアウェイだ。実は、この家は里香の実家なのだ。お兄ちゃん夫妻とおかあさんで暮らしていたところ、諸般の事情でお兄ちゃん夫妻がおかあさんと一緒に海外に移住することになり、家を貸し出そうかという話しになったが、なかなか借り手が見つからず、それなら僕ら夫婦が住んだら、ということになったのである。おかあさんは僕が尺八の師匠の近くにずっと暮らしてきたことから、生活圏が変わるので申し訳ない、という風に思ったそうだが、僕ら夫婦にとってはこんなありがたい話しはなかった。何せカツカツ生活の中、いつか暮らし向きが良くなる、なんて保証も全くなく、そんな中でガレージ付きの一軒家に住めるなんて棚からぼたもち百万個みたいな話しであった。そんな訳で、かつて「バカボンのパパ発言」をした、あのお宅に住まわせていただく運びとなったのである。実家に戻った里香はともかく、親世代との同居ぬきのマスオさん生活となった僕は、恐縮の極みだった。そんな僕の顔を立てようとされたのか、おかあさんはよく
「純ちゃん、申し訳ないわね。こっちに来てもらって」
と、あたかも僕が一肌脱いで引っ越してきたかのように言ってくださったが、それは全く逆で、先の見えない低空飛行を続ける僕らを救ってくださったのはおかあさんとお兄ちゃん夫妻だった。お兄ちゃん夫妻が日本を離れてからもしばらくおかあさんは停まって僕ら夫婦と3人でいた時期があるし、おかあさんにもこちらでの親戚付き合いや友人関係があるから、ずっと海外に居っぱなしという訳ではなく、わりとよく東京に戻ってこられてもいた。だから僕とおかあさんがまるで他人の関係という訳ではない。でもそれはいつも里香がいて、彼女が中心的存在でつなぎになっていたのであって、里香が不在でおかあさんと二人、というのは今回が初めてだ。そういう訳で、そもそもおかあさんの台所を僕が使わせていただいているのであり、僕が作ります、僕が作ります、とあまり言うのも何か烏滸がましい気もする。大きな顔をして甘える、という訳にはいかないが作ってくださったものはありがたくいただくことにしていこう。
 やや話しがそれるが、お兄ちゃん夫妻にも僕らにも子供がいなかった。孫の面倒をみて、孫の成長をたのしみに老後を暮らす。そういう機会を得られなかったおかあさんだが、そのことは何も言われなかった。少なくとも僕にはその件の不満は聞こえてこなかった。これもおかあさんの気配りなのだろうと思う。その代わり、とは言えないが、うちにはナオがいる。こいつは僕が言うのもなんであるが、えらいハンサムな猫で、しかも人を怖がらない質で、誰にでもすぐなつくから近所の人気者である。肉球まで真っ黒の黒猫の雄であるが、体系もスリムで精悍な黒豹をそのまま小さくしたような美貌の持ち主だ。ちなみに里香の家庭は、おとうさんが役者にしてもいいくらいの男前、おかあさんはスラッと背の高い美人で、お兄ちゃんもハンサム、本人は本人曰く安田成美似(あくまで本人の言い分)のいい女で美形一家といっていい。そこへ僕が来たもんだから、里香にもおかあさんにも冗談でよくからかわれた。もちろん僕が嫌な思いをするような言い方はしないし、言われた僕も一緒になって笑っていたのであるが、そこへナオの登場である。実はどうやら美形贔屓らしいおかあさんはナオを初めて見たときから
「あらまあ、この子、いい男だわねえ」
と言って、随分かわいがってくださった。僕ら夫婦が引っ越してくるときも
「ああ、いよいよナオちゃんがうちに来るのねえ。楽しみだわ」
と、よろこんでおられた。このナオ、なかなかのヤンチャもので、引っ越してくる前のうちでは近所のボス猫と激しい闘争を繰り広げ、様々な厄介ごとを引き起こしてくれた。お互いのうちに侵入しては乱闘の末、多量の毛をまき散らし、そこらここらにマーキングのおしっこをかけまくり、玄関前にお土産のウンチを置いていき、深夜にはギャーギャー鳴きまくった上に大乱闘でドタンバタンと大音響を立てまくる。先方の被害も甚大だったと思うが、僕の部屋までボスが忍び込んで大切にしていたセミアコのギターにマーキングされたときは本気で泣いた。ナオの首輪に付いているマグネット・キーがないと外からは開かないようにツメがおりる仕組みの猫ドアを取り付けていたのだが、そのツメをどうやら頭でごり押しして折ってしまったようだ。つまりボスはナオ専用の通路から堂々とうちに入ってきたことになる。猫には立てかけてある木の板を見るとガリガリ爪を研いだり、おしっこをかけたりする習性があるのだそうだ。自慢のギターをスタンドに立てかけて置いていた自分を悔やんだ。セミアコのギターというのはヴァイオリンやチェロのようにf字のサウンドホールがある。この中まで、そして通常のピックアップ、さらには増設したギターシンセのピックアップまで、猫特有の強烈な匂いがしみ込んでしまった。僕はべそをかきながら綿棒を駆使してサウンドホールの中まで掃除し、生まれて初めてピックアップのコイルのエナメル線をすべてほどいて無水アルコールで拭いた上に巻き直しを三日三晩かかってした。それでも匂いが消えないので、ネットでアメリカから猫のマ−キング臭消しを購入し、たっぷり使ったが、期待も虚しくやっぱりそれもだめで、結局、僕は泣く泣くそのギターを手放したのである。そんな中、雪の積もる真冬に発情のシーズンがやってきた。ナオは外に出て行ったまま3日も帰ってこない。やっと戻ってきたと思ったら、凄い勢いでモリモリ食べて速攻で出て行こうとする。止めようとして抱き上げたら本気で引っ掻かれて出血し、ポタポタと落ちる自分の血にびっくりして、ひるんだ隙にサッと出て行ってしまった。その次に戻ったときは横っ腹にこぶが出来ていた。雪の積もる外でどこか高いところから落下したのか、或いは猫嫌いの人に革靴などで蹴られたのか。獣医さんに診てもらったら、それは腹膜が破れて腎臓が飛び出していたことが発覚。即入院、大手術となった。これを機会に虚勢を勧められ、ご意見にしたがった。
「これでおとなしく平和に暮らしますよ。ちょっと太るかもしれませんが」
と言われたが、メスを命がけで追い回すことはなくなったものの、相変わらずおとなしくはならず、また太りもしなかった。おとなしくなるどころか前にも増して、ボス猫との喧嘩に明け暮れる毎日で、これ以上の抗争劇は勘弁してくれ、という情況のときに引っ越しの話しが舞い込んできたのだった。この機会にナオを家の中だけで飼う「うち猫」にしましょう、という話しが里香とおかあさんの間でなされた。僕はこれを聞いて、うまくいくかどうか大いに不安を感じたが、やってみる価値はあると思った。だめで元々である。引っ越しによって、あの憎らしいギターの敵とはおさらばであるが、また新たな縄張り争いが悩みの種にならないとも限らない。環境が変われば、もしかして外への興味も忘れてしまうかもしれない。引っ越した先は外の無い室内だけの世界だった。そう思い込ませればよい。うまくいけば万々歳である。
 しかし、人間の都合のいいようにどう空想しようとも、現実にはそんな話しがうまくいく訳はなかった。猫には猫の都合があるのだ。引っ越した初日から、外へ出せ、外へ出せ、の大騒ぎで、あらゆる窓や扉をこじ開けようとガリガリ引っ掻きまくり、誰かが玄関に行こうものなら先回りしてドアの開く側に陣取って普段鳴かない猫なのにギャーギャーわめきたてる。挙げ句、家中に抗議のおしっこをかけてまわり、しかも叱っても反省の表情が全くない。ついに5日目の朝、寝ている僕のひざの上にまたがって大放尿をしでかした。これはもう無理、ということになって、三人で協議した結果、首輪にひもをつないで犬の散歩みたいにして外を歩かせてみることになった。この犬式散歩の間、ナオは常につながれたひもを全身の力で引っ張りまくっていた。そしてその3回目、一番ナオに厳しい里香が連れているときに、なんと逃走した。ナオに甘いおかあさんや僕のときでなく、里香のときにやったのはナオに裏をかかれたような感じがした。どうやって逃げたかと言うと、首輪とひものつなぎ目を全力でぶっちぎったらしい。なんというパワーか。本気で逃げる猫に人間が追いつけるはずもなく、どこかへ消えた、と玄関でうなだれる里香を励まして三人でそこら中を探して回った。何時間も捜索したが見つからず、日が落ちかかってきた頃、うちの二階のベランダから数十m先に見えるある一軒家の屋根の上で、二羽のカラスと喧嘩しているナオを発見した。喧嘩といってもどうやらカラス達にからかわれているようだ。一羽が鳴いてナオを引き寄せてナオが飛びかかれる距離に近づくとパタパタっと舞い上がり、もう一羽のカラスが反対側に引き寄せる。このくり返しでナオは屋根の上を行ったり来たりしている。猫も頭のいい動物だが、カラスの方も鳥類最強の頭脳を誇る。しかし、2対1とは卑怯なり。ほ乳類の面目にかけても「ナオ!がんばれ〜!」と思ったが、そんなことを言ってる場合じゃなかった。そのお宅に協力していただいて何時間ぶりかでなんとかナオを収容した。この後、カラスグループとの数々の抗争が始まるのだが、話しがそれ過ぎた。そのナオがいつもより上等の猫缶を開けてもらって食べたこの朝から、おかあさんを置いて僕ひとりで病院に行くことにした。午後は僕がバイトに出かけるので、代わっておかあさんが見舞いにいくことになる。というのは、まだ何日か早いのであるが、徐々に里香の体温を上げていって、一定のところまできたら、意識を戻させるために話しかけたり呼びかけたりして欲しい、と主治医の先生から言われていたからだ。スタッフだけより家族の声があった方がいいらしい。そういうことならできるだけのことはしたい。いつそうなっても僕とおかあさんのどちらかはそばにいられるように少しでも分担していきましょうということになったのだ。
 
 その日から数日は僕のときもおかあさんのときも前日となにも違ったことはなかった。表示されている体温が大体、日に一度ずつくらい上がっているのと、心臓の鼓動を表すグラフがなんとなく周期が短くなっているような、そしてその拍動が大きくなってきているような気がしないでもなかったが、先生からの説明ではいつもと同じだった。数日後の朝、僕がいってみると里香の体の向きが変わっていた。寝返りをうったのか、と一瞬心が躍ったが、これはスタッフの方が医師の指示で向きを変えたのだそうだ。同じ向きばかりではいろいろよくないらしい。残念ながら、今はまだ自分で動く段階ではないようだ。
 そしてまた数日後、今度はおかあさんがいった時だが、主治医の先生が
「試しに耳元で呼びかけてみてください」
とおっしゃったので名前を何回か呼んでみたところ、目が少し動いた、というのだ。先生の説明では、これは意識回復の第一段階の入り口に来たということらしい。夜、おかあさんからその話しを聞いた僕は翌朝、飛んでいって先生の許可のもと、話しかけてみた。名前だけではなく、別の単語や挨拶などもあった方がいいと聞いたので
「起きろ。遅れるぞ!」
といったら、里香は無反応だったが、先生と看護師さんが笑った。
「ははは。それはいい。我々も使わせていただきます」
「あと、こら!ナオ!というのも反応あるかもしれません。猫の名前ですが」
「なるほどなるほど」
三人で談笑のようになったとき、看護師さんが
「あっ、今、まぶたが動きました!」
と小さく叫んだ。僕は見逃したが、先生によると耳元の呼びかけ以外に反応が出てきたとすると、意識がまだら状態ながら起きつつあるそうだ。まだ体温調節の予定を早める段階ではないにせよ、順調といえる経過らしい。体温が三十度を超えたら、体をさすったり手足をゆっくり動かして目覚めを促すこともやり始めると言う。三十度まであと四度だ。
 その夜もいつものようにおかあさんと里香の情報を交換しあった。少しずつではあるが一歩一歩前進している。それは二人にとって本当に励みになった。里香を助ける、というより里香の前進で僕たちが励まされていた。そしてそのとき、僕はおかあさんから今まで知らなかったあることを聞いた。





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