2016.05.29 Glory 6
 翌日の午前の見舞いのとき、里香の呼吸マスクが外されていた。もう自力で呼吸しているということだろうか。先生の説明では、目や手の動き以外に、重要な変化として自律神経の働きが活性化してきているそうだ。マスクはもう数日前から安全のために装着していたのであって、実際は機能していなかったという。つまり自力で呼吸していたそうだ。心臓の動きをチェックする例のメーターも素人の僕が見た感じでは通常に近い拍数と強さを示しているようだった。呼吸も脈拍も正常に近づきつつあるということは、普通に寝ている状態にかなり近い、ということではないだろうか。かといって一気に揺り動かしたりしてはいけない。ここまでの苦労が水泡に帰すかもしれない。先生の話では今日の体温が三十四度で、明後日、目標の三十六度に達するので明後日になって起きなければ、積極的に起こす作業も始めますとのことだった。さあ、いよいよだ。でも意識が戻った時、ちゃんと僕を覚えているだろうか?いきなりペラペラしゃべり出す、なんてことはきっとないだろう。かなり記憶は無くなっているのではないか?ひょっとして別人格になっていたらどうしよう?生還したらおしとやかな貴婦人になってたりして。ひょっとして男みたいになってたら夫婦としてうまくやっていけるのだろうか?それはそれで案外、仲良くやっていけるものなのか?まあ、まずそんな極端なことは考えにくいだろう。しかし、元が元だけに何が起きるかわからんぞ。問題の障害はどこにどの程度でるのだろう? これまでも散々考えてきたことだが、いよいよとなるといろんなことが一気に気になり出した。期待と不安が入り乱れる中、先生が意識が戻ってからの予定を教えて下さった。障害の箇所と度合いを確認しながら計画を立てていき、普通病棟に移れるまではこのICUでリハビリテーションを続けるそうだ。どのくらいの期間になるかは症状を確認しないとわからないそうだが、その間は睡眠時間が最低でも普通の人の倍くらいはとって、睡眠中に点滴で必要な栄養や水分を供給していく(つまり今までと同じ)ことになるらしい。はじめはベッドの上で上半身を起こすことからやるそうで、それも一回に数分くらいの無理のないペースでいくという。約2週間も意識がなかった訳なので、そこからのリハビリは相当時間がかかることを理解しておいて下さい、と言われた。

 午後、おかあさんが行ったときは、本当に普通に寝ているような感じだったそうだ。あまりに普通の睡眠のようだったので声をかけたら起きるかしら、と思ったところ、
「今日は呼びかけをして目覚めを促す作業はやりません」
と言われたそうで、これはもう自然に起きる直前まで来ている、ということなのだろう。夜、おかあさんと話していて、記憶や障害のことについて僕が少し心配だというような話をしたら、
「重大な障害はきっとないわよ。あそこまで慎重に診ていただいてきたんだから。それに小さな障害が多少あったってそんなのへっちゃらよ。きっと乗り越えられるわ」
と言われた。そうだよな。本当にそうだよな。おかあさんが正しい。全く正しい。心からそう思った。そして、男はいざとなると弱いもんだな、とつくづく思った。命に関わるような大きなことに関しては、女性の方が常にしっかりしていて、揺るぎない。母は強し、だ。意識の回復後も様子を見ながらのリハビリが始まるので、午前僕、午後おかあさん、という見舞いのローテイションは基本的に続けていくことを二人で確認しあった。順調に予定通りいけば、明後日、起きてくることになる。一番初めにはなんて声をかけようか。それよりも僕自身が思った通りに語りかけられるのだろうか。長かったし、またあっという間でもあった約2週間であるが、再会といっても里香がどんな状態で起きてくるのかは確証がないので、何を想像しても現場の情況次第である。そもそも出たとこ勝負は、僕の本分だから、あれこれ余計な心配はせず、おかあさんを見習って運を天に任せよう。

 次の日、午前の見舞いに行ったら、
ICUの中央のベッドで、なんと里香が看護師さん二人と先生に支えられながら起き上がっていた。もう計器類のコードは外され、部屋の奥から移動していたのだ。背中をさすられながら、かなり苦しそうな表情で先生と何か受け答えをしている様子だった。
「ああ!里香!」
と先生やスタッフの方々への挨拶も忘れて近寄ろうとすると、先生が里香に
「小林さん、あの人は誰ですか?」
と僕の方を指差して問いかけた。僕の方をすでに見ていた里香は
「おっと・・・」
と、か弱く答えた。ベッドのところまで行くと、
「十数分前に目が覚めて、たった今、体を起こしたところです。まだ今の段階では、起きていられるのはここまでが限界だと思いますので、もう横になってもらいますね」
と説明された。看護師さん二人に支えられながら仰向けに横たわった里香の手をにぎったら、そっとではあるがはっきりと意思を持ってにぎり返してきた。その手の感触から、懐かしいような、愛おしいような想いが、心の中に湧き上がった。ああ、里香、帰ってきてくれたなあ。よく帰ってきた。えらいぞ。ありがとう。ありがとう。よくがんばったなあ。ほんとによくがんばった。涙が込み上げてくるのをこらえながら、
「大丈夫か?・・・おれがわかるよな?」
と聞いたら、しんどそうではあるが、僕の目を見ながらこっくりと頷いた。そうか、わかってくれるか。
「おっとせい、じゃないぞ。おっと、だぞ」
といったが、本人もスタッフもだれも笑わなかった。ギャグが寒過ぎたのか、場を読めなさ過ぎたのか、上京以来ずっと味わってきた関西人の悲哀をこんなときにまで感じてしまったが、だれも反応しないのをいいことに、さらっと流してなかったことにさせてもらった。先生が
「まだまだ普段のような会話ができる段階ではないので、この辺で一度休んでもらいましょう。午後にまた、起きてもらいますから」
と間に入った。にぎった手を小さい幅で降ったら、手でそれに応えながら
「じゅん・・またきて・・・」
と、か細い声で言った。
「ああ。あとでおかあさんも来るからな」
と答えると
「・・・おかあさんも・・・」
といって眠りに落ちるように目を閉じた。

 予定よりも一日早い覚醒だったが、もちろん先生の中では想定内のことだった。気が付いてみると里香の声はのどの声帯を伴っていない。息だけでささやいているだけだった。ひょっとして声に障害が出たのかと思って先生に聞いてみたら、これは何日も昏睡状態が続いた場合によくある症状で、おそらくリハビリで元に戻るでしょう、ということだった。ひとまず、ほっとした。午後何時の予定で起こすのかをうかがって、一旦、病院の外へ出てすぐにおかあさんに携帯で報告した。おかあさんも電話の向こうで涙ぐんでいるのがわかった。
ICUに戻って、寝ている里香のベッドから少し離れたところでいろいろ説明を聞いた。先生の話では、今のところ順調な経過をたどっているそうで、本人は周囲の様子とスタッフからの説明で、自分が病気で入院しているのだということはわかっているそうだ。それが理解できているということは、順調にことが進んでいるということなのだろう。しかし、人の記憶の機能というのは、簡単には戻らないそうで、しばらくは前日のことも覚えていない状態が続くものと考えていてください、とも言われた。今後は、少しずつ起きている時間を延ばして行きながら、障害の様子をみてリハビリを進めていくことになるそうだ。そして点滴ではなく、食事で栄養を摂れるめどがついてきたら、一般の病棟(おそらくは元の婦人科)に移動となる予定で、それがいつ頃になるかは今後の経過次第で、まだわからないという。それでも一週間やそこらではなく、何週間かはかかるらしい。意識がなかった二週間よりも長くかかりそうな気がしてきた。でも日に日に本人が元気になっていき、意思の疎通もできるなら、これまでよりもこちらとしては精神的に楽なのではないかと思う。

 病院を出てから、これまで心配をかけてきた周囲の人たちに報告しなけりゃ、と思った。お兄ちゃんにはおかあさんが電話すると言っていたので、まず、長年のつきあいで一緒にバンド(といっても尺八とギターの二人だけだが)を組んでいるリョウさんに電話をかけた。里香のこともよくよく知っている彼は、本当に心から気にかけてくれていた。意識が戻ったことを伝えると
「おおう!それはよかった。心配やったよ、ほんとに。よかったよかった。一安心やなあ。これからも大事にしてやらにゃいかんよ」
といってくれた。この半月、自分たちのことで気持ちが精一杯だったが、こうして周りで心配してくれる人たちがいることを本当に感謝しなければいけない。ありがたいことだ。突然の心肺停止からずっと、計画的にとはいえ意識のない状態が続いていた訳で、情報が少ないままずっと気にかけてくれていたことを考えると、本当に頭が下がる思いだ。次に塾の校長の西川さんにかけた。彼はクラッシックのギタリストでもあり、僕ら夫婦には特にいろいろ力になってくれていた。僕と同い年だが、僕なんかより遥かに頼りになる人物だ。
「ああ、それはよかった。こっち関係の連絡は、おれの方でやっとくからいい。せっかくだから今日は里香さんといてあげればいい。授業の方はおれがなんとかする」
いつもながら、お世話になりっぱなしであるが、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにして、午後はおかあさんと一緒に見舞いにいくことにした。なにか余計に負担をおかけした形だが、こういう人の善意は忘れずにいなければならない。里香が元気になったら、二人でお礼に行きたい、と思った。きっとまだまだ先になることだろうが。

 午後、おかあさんと一緒に
ICUに行くと里香はベッドに横たわったままだが、目は覚ましていた。
「里香、わたしよ。わかる?」
そう問いかけながら歩み寄ったおかあさんに、里香は両手を差し伸べながら
「・・・おかあさん・・・」
と目を細めてささやいた。おかあさんはその手をにぎって、さらに初めてこの部屋に来た日のように片方の手で里香の頭をなでながら
「大丈夫よ。大丈夫。すぐによくなるからね。わたしも純ちゃんもついてますからね」
といった。涙がベッドにはたはたと落ちた。里香は目を閉じて頷いていた。よかった。変な予想もしていたが、ちゃんと僕のこともおかあさんのことも自分の情況もわかっている。まだわずかな対話しかしていないが、話し方も反応もその仕草も、ちゃんと里香だ。ここを出られるのがいつになるのか、まだわからない。その先の一般病棟でのリハビリにどれくらいかかるかもまったく未知数だ。退院してうちに戻ってこられるのは多分もっと先だろう。まだまだ道のりは長い。でも、それでも里香がいてくれれば、三人で乗り越えていける。生きて帰ってきてくれたんだ。おかえり、里香。

 
ICUを出る時、おかあさんと僕は、先生と看護師さんたちに改めてお礼を言った。緊急医療の現場の厳しさで、みなさん何かの作業をしながらであったが、どなたも笑顔で対応してくださった。
「大事なのはここからですから。われわれも最善をつくします。ご家族の方も一緒にがんばりましょう」
先生から、そう言われて、心を強くした。
 帰りの道すがら、僕はおかあさんに言った。
「今度のことで僕は、本当に人の善意のありがたさを知りました。僕も誰に対しても、そうありたいと思います」
前を見て歩きながら、おかあさんは、じっくり噛みしめるように
「純ちゃん、その気持ちが一番大切なのよ。感謝の気持ちと誰かを思いやる気持ち。それを忘れたらね、人は虚しいものよ」
と諭すように言われた。そして少し声を大きくして続けた。
「純ちゃん。里香に負けないようにわたしたちもがんばりましょう! きっとよくなるわ。大丈夫よ。いい方向に向かうわ」
 本格的な冬に向かって、日の入りはどんどん早くなる。早くも傾き出した初冬の午後のやわらかな陽を浴びて、二人は通い慣れた道をうちへと急いだ。
 



 
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