2017.04.08 Glory 15
 手術は、事前の予想通り長時間を要した。しかし、長丁場となる覚悟を決めた六時間を過ぎた辺りで、終了となった。うまくいったのか、それとも何か問題があったのか、不安で一杯の気持ちを振り絞って先生からの報告を待った。報告に来てくださったのは、執刀医ではなく、主治医の女性医師だった。先生の表情から、あまりいい結果は得られなかったように感じた。お話では、開腹し、血栓による肺不全を引き起こした原因の追及と元々抱えていた最重度の子宮内膜症の外科的治療を試みたところ、あまりに臓器間の癒着が進んでおり、困難を極めた、という。結論からいうと左の卵巣を摘出したのみで、それ以外はどうにもならなかったそうだ。血栓ができた原因と過程はいくつか考えられるが、大静脈に装備した特殊弁と今後の薬品投与で以後は大事には至らないだろうという。今後は術後の回復を待って、別の治療法を考えていく必要がある、との話だった。抜本的な進展を期待したが、かなわなかった、というのが正直な感想だ。ただ、今回も全力で手術にあたってくださった先生方への感謝は変わらなかった。里香の全身麻酔がさめて意識を回復して話が出来るのは明日になるだろう。術前に覚悟を決めて、その変わりに生理痛や排卵痛から開放されて、楽チンに暮らせると期待していただろうに、それを思うと気が重い。

 翌朝、おかあさんも一緒に病室にいって、その話をしたところ、
「ええっ? ブ~~~~~・・・」
とほっぺたをふくらませた。何も言ってやれないで、もじもじしていると
「いつからご飯食べられるの?」
と聞いてきた。気持ちを切り替えようとしているのか。決して表情は明るくないが、話題を前向きに換えてきた。強い女だなあ。なんとか励ましてやりたいと思うが、何も言えず、逆に僕の方が里香の強さに救われているようだ。里香は若い頃から、僕と口論になったときなど、自分の感情や二人の間の雰囲気をサッと変えて、違う話題にしてしまう事がよくあった。その展開の速さについていけず、イライラしたまんまの自分を悔しく感じたものだったが、「気分を変える」ということには女性の方が長けているのかも知れない。とにかく、最善を尽くしてもらった手術の結果なので、受け入れて前に進んでいくしかないのだった。まずは切ったお腹の傷がふさがって、抜糸できてから、改めて今後を考える。今あれこれマイナスの思考をしてもしょうがない。
 そのお腹の切開跡だが、以前の手術のものとは次元が違っていた。以前のは横に十数㎝で、例えばビキニタイプの水着になっても隠れるくらいの跡だったが、今回のは容赦なく縦に下腹部から胸まであった。女性なので見た目も考慮して、といった感覚は全くなかった。僕は里香がどんな姿になっても気にしないが、本人がショックを受けるのでは、と心配だった。しかし、それは杞憂だったようで、自分のおなかを見てもあっけらかんとしたものだった。意識が戻ってからの里香は、いろんな面で、僕とドングリの背比べみたいだったところを越えて、強く、優しく、そして純真になっているように思う。僕が置いていかれたような感覚はないが、正直なところ、ちょっと感心してしまう。

 術後の回復が進み、食事も元に戻った2月の中頃、僕とリョウさんに海外公演の仕事がやって来た。実は里香が倒れる前から計画されていたツアーで、里香も喜んでいた話なのだが、予定通りに遂行されることになったのだった。マレーシアのクアラルンプールを中心に、そこからいくつかの場所でライブをやり、地元のアジアでも有名なバンドとコラボしたり、一緒に録音したりすることになっていて、自分としては全力でぶつかりたい仕事だった。また、作曲も編曲も進まない中、演奏で何かきっかけをつかみたい、という気持ちも強くあった。僕が里香から離れても、おかあさんがいるし、現状、問題ないだろうということで、いかせてもらうことにした。1週間ほど、日本を離れることになるが、里香は、僕が音楽の仕事でステップアップすることを大変喜んでくれた。彼女にとっても何か前向きな、いい話は久しぶりなのだった。いよいよ出発という日、成田に行く前に病室にいったら、
「がんばってね〜〜。ばんざ〜〜い。ばんざ〜〜〜い。ばんざ〜〜〜〜い!」
と、ベッドの上で、また万歳三唱を一人でやってくれた。なんだか愛おしくなって、何かを置いていきたい気分になった。司馬遼太郎の小説「竜馬がいく」の中で、新婚のおりょうさんとしばしの別れの時、竜馬が自分の着ていた紋付の袖をビリビリと破いて彼女に渡したシーンを思い出し、着ていたダウンジャケットのフードを外して、里香に渡した。「竜馬がゆく」の大ファンである里香も、僕の意図が分かったようで、うれしそうに受け取り、フードに頬をくっつけて
「あ、じゅんちゃんのにおいがする」
といった。
「これで俺を思い出して、待ってろよ。頑張ってくるからな」
そういって、立ち去ろうとしたとき
「じゅんちゃんのにおい・・・ほーむれすのにおい・・・」
といい出した。せっかくいいシーンだと思ったのに何事だ。
「うるさい!俺はそんな臭くないぞ!何いい出すんだ!」
「くさいわよ!あなただいたいすべてがるんぺんっぽいのよ。むかしからほーむれすみたいだとおもってたわよ!」
「ふざけんな!俺はルンペンじゃないぞ!」
「るんぺんじゃないけど、るんぺんくさいわよ」
「俺は毎日、風呂入ってるだろうが!なんでそれがルンペン臭いんだ!」
「そんなのしらないわよ。ちゃんとあらってないんじゃないの?」
「洗ってるよ!」
大きな声で言い合ったので、ナースステイションから安田さんが飛んで来た。話の内容がこれなので、笑っている。
「里香さんも純さんも、お静かにね。そこらじゅうに聞こえまくってますよ」
「ああ、すみません」
恥ずかしい気分に襲われたが、時間も押し迫っていたので、そろそろ行かなければならない。里香を見ると、フードをかぶってあっかんべえ〜をしている。鼻くそをほじって指で里香の方に飛ばす真似をしたら、手の甲ではじき返す振りをした。
「もういくぞ。じゃあな」
といって退室しようとしたら、背中に向かって
「がんばってね。まいにちちゃんとあらってね」
といった。まあいいか。元気になってきた証拠だ。

 リョウさんと至と三人でツアーするのは何回目かだったが、海外は初めてだった。僕は旅慣れず(何事にも慣れないが)頼りない存在だが、至がすべて仕切ってくれるので安心だった。お蔭で音楽に集中できるし、外国の風土や人や音楽を見聞し、自分が大きくなれそうな気がした。実際、このツアーの収穫は大きかった。特にコラボしたマレーシアを中心にアジアの広い地域で活躍するバンドとの出会いは素晴らしかった。音楽に対する彼らの姿勢や発想に刺激されること、誠に大であった。日本では、僕らは歌がないインスト・バンドなので集客がいつも課題だったが、海外ではこれが逆に武器になった。日本独自の民族楽器である尺八がメロディーをとっている点も有利に働いたと思う。改めて自分の楽器に大きな可能性を見い出せたし、自信という大きな土産を持って日本に帰れると思った。面白かったのは、至が現地の女性に異様にモテたことだった。彼は長身でスマート、ルックスもいいのだが、ちょっと日本人としては濃い顔の部類だ。これがアセアンの女性には受けがよかったようで
「日本人にはハンサムな人はいないのかと思っていました」
などとおっしゃる女性もいて、僕らメンバーそっちのけで、至にサインを求める女性達が列をなしていた。これには至も
「人生初です。いや、いいっすね〜。来年も来たいですね〜」
と濃い眉を下げていた。

 あっという間の夢のような一週間が過ぎ、帰国した日に成田から病室に直行した。ベッドで起きていた里香は両手をこちらに伸ばして
「わあ〜〜、じゅんちゃん。おかえり〜〜!」
とうれしそうに歓迎してくれた。ルンペン臭いと文句を言ったフードが枕元にあった。充実した旅だったので、話したいことが山ほどあった。里香も目を輝かせて聞いてくれた。午後からおかあさんも見舞いにやってきて、一緒に僕の話を聞いてくれた。
「純ちゃん、よかったじゃない。あなたが音楽で活躍することが里香にとっても励みになるんですからね」
「はい。そのつもりで頑張りました。作曲や編曲が滞ってて、どうしたらいいのか困ってたけど、少し自信が湧いてきました」
 長い僕の話が一段落した頃、もう日が落ちていて里香の夕食を谷さんが持って来てくれた。谷さんの説明では術後の経過もいいようだった。数日後には、またリハビリセンターに通って歩行訓練を始める予定だという。声の方はもうほとんど元通りの声量になっていた。病気の根本的な部分は進展していないが、元気にはなっている。歩けるめどが付いたら、退院して、自宅からの通院でやっていくことになるはずだ。考えてみれば、心肺停止の命の際から、退院の話が出るまでになったんだなあ、と改めて感謝の気持ちで一杯になった。 

 その帰り道、おかあさんと同じことに気が付いたのだが、それは里香の髪のことだった。これまで、それどころではなかったので、忘れていたが彼女が倒れてからもう3ヶ月近くが過ぎていた。徐々に体重も元に戻りつつあるが、髪はその間伸び放題だったのだ。知り合ってから十八年、いろいろな髪型を見て来たが、なんにもしないで三月も放ったらかしは初めてだ。特におしゃれな女を自認する里香が、まったくなんにもしないで来たことなんてない。今はメイクはもちろん、服装も入院服のみで、おしゃれのことなんて頭にない生活だったが、さすがにちょっと伸びたなあ〜、という印象が今日初めてした。リハビリは始まるが、その他に何か本人に前向きになれる話題があってもいいかな、とも思う。そこでおかあさんと、山内さんに相談したら、という話になった。彼は元々、里香が独身時代からご贔屓にしていた美容師さんで、僕らの結婚式のときに里香のヘア・メイクでお世話になり、それ以来、僕も毎回カットをお願いして来た人物だ。実は彼はバイク乗りで、しかも殆どの整備を自分でやってしまう人で、持っているバイクもBMWなど僕から見ると羨望の名車を揃えていた。さらに川釣り師でもあり、これまたものすごいエキスパートで、僕とは話題がかぶり過ぎていた。そんな訳で里香とのつながりだけではなく、彼が自分の会社とブランドを立ち上げて活躍し始めてから、音楽の面でお手伝いをさせていただいたりしていた。彼に電話して、入院中の里香のカットを申し入れたところ
「ああ、いいよ。いいけど、ひとつ条件があるなあ」
といつものクールな調子で言った。


 
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