2017.05.30 Glory 18
 退院の日から一夜明けて、我が家に女王陛下のいる日常が帰ってきた。主のいない100日あまりの間、僕らは彼女のものにはほとんど手をつけずにそのままにしておいたので、改めて本人の気に入るように変更することはないはずだった。にもかかわらず、なんやかやと注文の多い人である。いちいち面倒くさいな、と思いつつもその言い分を聞いていると「う~ん。なるほど、そうかあ」と思ってしまうところがある。口八丁の腕は健在のようだった。退院したといっても、体力的に回復してきただけで、検査や治療は続ける必要があるので、数日後には病院へ連れていった。連れていったというよりは、通院のお供をした、という感じだ。初通院の日は、退院直前に撮ったX線写真を受け取って主治医の美人先生に見てもらう手はずになっていた。放射線科で写真を受け取り、婦人科に向かう途中、僕がトイレに行きたくなって、車いすから離れるシーンがあった。ここで一抹の不安が僕の脳裏をよぎった。写真の入った封筒を先生に渡す前に勝手に開けてはいけません、と言われていたのだが、里香は絶対に興味を示すだろう。なにしろ筋金入りの「白い巨塔」オタクなのだ。ちなみに僕はトイレでは(小用であるが)片手で動作をとるのが苦手で、両手を使いたい。高校のとき、社会の先生が、トイレで用を足している僕のとなりにきて並んで事を始めたのだが、ハンカチを口にくわえ、片手にテキスト類と僕らに返却するテストの答案用紙を持ち、片手で器用にチャックを開けて一連の動作をして、片手で手を洗い、くわえたハンカチで手を拭いてさっさと出て行った。トイレに僕らの答案用紙を持ち込んだ事には、若干の苛立ちを覚えたが、ギリギリ、それを触った手では触らなかった、つまり、先生のご子息と間接的に握手をする羽目にはならなかったことに胸を撫で下ろしたのであった。そのいかにも熟練した所作に「やっぱり大人はすごいなあ」と思ったものだった。そしてこれを見た後日、僕も片手使いに挑戦してみたのだが、思うような方向に飛ばなかったり、挙げ句の果てにはチャックに生涯の親友を挟んでしまうという悲劇にあって、すっかり意気消沈してしまった。やはり、無器用な人間は、ていねいさ、慎重さということで補っていくしかないのだ。大人になってもこの基本は守っている。そんな訳で、両手を使いたい僕はX線写真の封筒を里香に預けたのだが、念のために
「さっき言われた通り、封筒を開けちゃだめだぞ」
と確認してからトイレに向かった。にも関わらず、戻ってきたら、やはり里香は禁を破っていた。封筒から写真を取り出し、これを明るい斜め上方に向かってかざしつつ、眉間にしわを寄せながら睨んでいる。これは田宮二郎演ずるところの財前教授お得意のポーズで、ワイシャツの袖のド派手なエメラルドのカフスボタンを見せつけるようにして写真をかざし、眼光鋭く、
「ン? この影は・・・!」
とか言うのである。車いすでこの財前教授ごっこに興じている里香をたしなめて、
「こら!開けたらアカンってゆうたやんか」
というと
「え?そうだっけ?」
ととぼける。確信犯なのか、本当にわかっていなかったのか微妙だ。周囲の目もある院内なので、それ以上文句を言わなかったが、車いすを押しながら
「財前教授のカフスボタンて、ルビーやったよな?」
というと即座に
「エメラルドよ!」
と答える。はあ〜ん。やっぱりわかっててやったな。確証ではないが、その言い方で感じる。やりやがった。

 婦人科で美人先生に会ったら、個人的なお話ながら、結婚をされるそうで、お相手のやはりお医者さんが海外の大学での研究が決まり、一緒についていくため、病院を退職されるという。その後の担当になる先生との引き継ぎをこの一週間あたりでやるとのことだった。せっかく美人の先生に当ったのにちょっと残念だが、おめでたい話だ。
「せんせいのおあいてのかたって、やっぱりイケメン?」
と里香が聞くと
「全然、そんなんじゃないですよ。至って普通の男です」
「じゃあ、うちとおんなじだ」
「なんでやねん!」
「いいじゃない。ふつうっていったんだから。ちょっとかくあげよ」
「ふふふ。相変わらず面白いし、仲がいいですね」
そんな会話の中にも幸福感は漂っていたし、先生の表情が落ち着いて見えた。春らしい明るい日差しが余計にそう感じさせたのかもしれない。その日の午後はリハビリセンターにいって、歩行練習とストレッチ、軽いマッサージをやってもらって帰ってきた。三月に入って何日も経っているので、散歩がてら、車いすで近所を少し回ってみた。人家の庭先に桃の花が咲いている。それを見て
「♪ さく〜ら〜は〜、まだかいな〜 ♪」
と端唄も上手な里香が歌い出した。そうだ。桜を観に行こう。といってもまだ先の話しだが、何か短期の目標が欲しかったので、外に出て、軽い運動もできて、楽しいイベントとしてちょうどいいんじゃないか。
「そうや、桜が咲いたら、お花見にいこう。きっともうすぐだぜ。今年は暖かそうやから早めに咲くんとちゃうかな。ずっと家に居るより、少しでも外に出た方がリハビリにもいいやろ」
「やった〜〜!いこう、いこう!」
「それまで、がんばってリハビリやぞ」
「うん。だいじょうぶ。あるけるようになる!」
春というのは、本当に素敵な季節だ。ここから、何かいいことがありそうな気分にさせてくれる。退院と春の訪れが重なったのも何か象徴的だ。
 うちに帰ったら、至から、うちの近くのライブハウスを探して4月に久々のライブをやりませんか?という電話がかかってきた。こいつぁ、春からなんとやら。一も二もなく承諾し、お店の選定と交渉を彼に任せた。リョウさんとも2月の海外公演以来のライブだ。病院通いばかりだった自分の生活形態も変えていかなくちゃいけないし、音楽的なリハビリも必要だった。長年、一緒にやってきたリョウさんとのライブなら、ちょうどいい感じじゃないか。うちの近所で、というのも至とリョウさんが、里香を連れ出しやすいように配慮してくれてのことだった。実は以前から里香の退院を待って、もちかけようと計画していたらしい。仲間というのはありがたいものだ。桜が咲くまでお花見を目指してリハビリ、そしてその後は僕のライブを観る。春の目標が決まったところで、忘れかけていたもう一つの目標を思い出した。大型バイクの免許を取りにいく話だ。これは僕が何かに前向きになれるっていうことで、里香から了解を得ていたのだが、実際には里香とあまり関係がなく、僕ひとりの好みによるものだ。何か里香との関連を持たせたいと思って、「タンデムで富士山を見に連れていく」ということを言ったのだが、これは歩けるようになるよりもずっと先の目標だった。しかし、何事もタイミングというものがある。いろいろ動き出した今、始めるのが上策といえそうだ。里香には一応、ひとこと言って、早速明日、教習所に申し込みにいくことにした。

 大学時代に乗ってはいたが、もう何年もバイクから離れている。申し込みの翌日から始めた教習の第一日目、大型バイクにまず慣れましょう、という回で、初めて触れたHONDAのCB750の大きさと重さに圧倒されてしまった。本当に僕はこれを乗りこなせるのか、かなり不安に感じた。CB750と言えば、僕らの世代ならみんな知っている「ワイルド7」の主人公、飛葉ちゃんが乗っていた(マンガでは特別チューンナップした飛葉専用車)愛車で、憧れのバイクなのだが、それが今でも名車として現役で君臨しているのだ。ちょっと恐れ多いような威厳すら感じる。指導官に促されて、跨がってエンジンを始動し、クラッチを恐る恐るつないだときは、そっと走り出した教習車に向かって
「すみません!ごめんなさい!」
とつぶやいてしまった。なにがすまないのかわからないが、自分はこんな大それたことを望んでいたのか、という反省みたいな心持ちになっていたようだ。
しかし、うちに帰ると、里香が僕のバイク雑誌を読んでいて、グラビアに赤ペンで丸をしてあるw650を眺めていた。
「これでしょ。じゅんのかうやつ。かっこいいねえ」
といってくれた。
「おお、かっこよさがわかってくれるか!」
「デザインのよしあしはわかるわよ」
そこで、どんなバイクをかっこいいと思うのかをその雑誌を使って聞いてみた。すると近頃流の、いかにもSF風というかアニメチックなデザイン、つまりガンプラ(バンダイのガンダム・プラモデル)っぽいやつはダメなようで、アメリカンにしてもヨーロピアンにしても、ちょっとビンテージ風のシンプルなものを指してはかっこいいという。70年代のDUCATTIだったり、YAMAHAのSRだったり、そして我がw650だったりだ。一つ違いの同世代だからかもしれないが、女子でこのしぶさは流石である。考えてみれば、里香の好みは昔から何でも今風ではなく、古きよきものばかりであった。古典音楽しかり、ケルトの文化しかり、普段のファッションしかりである。いい子だ。それでこそ僕の奥さん。お蔭で萎みかけていたやる気と勇気が湧いてきた。




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