2017.08.07 Glory 20

 僕の塾のバイトが春期講習となり、忙しく過ごしていたらあっという間に四月も中旬になってしまった。地元のライブハウスでの演奏も間近になってきた。今回はリョウさんとのいつものデュオに加えて、ゲストとして箏奏者のつのだみかさんに出てもらうことになった。彼女ともなんだかんだで二十年近い付き合いになる。今や日本を代表する箏奏者の一人であるが、長年の付き合いで僕らのライブにも出演を快諾してもらった。僕とリョウさんでやっていた曲のいくつかをリョウさんがアレンジし直して加わってもらうのだが、どんな出来具合になるか今から楽しみである。楽しみといえば、一番楽しみにしているのは、やはり里香だ。大きな成果を得たアジアツアー以来、人前に出るのは初めてだし、里香にとっては自分が倒れてから初めての僕の舞台だ。彼女の方が僕よりテンションが上がっているようで、海外にいるお兄ちゃんに電話で散々この話をすごい入れ込みようでしていた。そして、それなら、ということでなんとアデラと二人で東京に観に来ることになってしまった。ありがたいやら、申し訳ないやらであるが、自分としては、アジアツアーで得たものをぶつけるいい機会であるし、家族にいいとこみせたい気持ちもあった。そして今回は何か予感のようなものがあった。

 

 リハーサルは順調に進み、集客も今回はみなさんの反応がよく、お店のキャパにすぐに近づいた。あれこれ紆余曲折があったのは里香の移動に関してだ。かなり歩けるようにはなっているものの、やはり保険で車いすを使うべきだが、隣町のお店まで、一駅ながら電車に乗るとなると階段を3階まで上がらなければならない。それならタクシーで、というと車いすをタクシーのトランクに積めるのかどうかが分からないとか、お金がもったいないとか言う。挙げ句、僕が車を運転できないことをなじられたり、バイクなんぞに乗ってるより、家族のために男なら車くらい持てよ、とかこっちを攻撃して来るので、逆らわずに「はいはい」と言いつつ、海老のように頭を低く後ろ向きにさっと下がって一定の距離を置いた。何日かこの件でああだこうだとあったが、結局お兄ちゃんが電話で、

「普通のセダンのタクシーなら車いすは積めるよ。タクシー代くらいお兄ちゃんが払うよ。どうせアデラも乗るんだし」

と言ってくれたお蔭で、すべて丸く収まった。


 いよいよ本番当日、リハーサルの為に早くお店に入った僕を除いて、家族4人が夕方お店にやってきた。事前に用意してもらった車いす用の席二つをはさんで4人が正面後ろのいい場所に陣取った。西ちゃんのお店の常連の仲間達やいつも来てくださるファンの方であっという間に満席となった。最後の方にやってきたケイスケとミサの夫婦が里香の方へ駆け寄って再会をよろこびあった。ミサは一言、

「里香さん・・・・」

と言っただけで泣き出してしまった。その彼女の頭を大きな手でなでて

「ありがとう」

と言った里香の横顔が美しかった。

 本番前の楽屋で、曲順やくり返しの確認をしたら、リョウさんとみかさんの二人が、僕のことを

「変わったよね~」

「変わった、変わった」

と言った。何がそんなに変わったのか、前が随分と頼りなかったから、それが少しはましになった、ということかと思ったが、そんな自覚はまるでない。

「何がやねん」

というとリョウさんが

「変わったし、多分純ちゃんは自分でわかっとらんやろうけど、前より強くなった」

と言った。そうかなあ?まあ、そうならいいことだが。

 そして、ライブが始まった。予感はあったが、絶好調である。二人の息もピッタリだし、自分でも不思議なくらい尺八が鳴る。心の中に湧き上がって来るパッションがそのまま音になった。逆に鳴らし過ぎないように、フォルテばっかりの単調な演奏にならないように、弱音を大切に!そう考えながら吹いていた。鳴らすときには思い切り鳴らせた。ゲストのみかさんが入って、さらに音の伸びが出た気がする。そして途中で失速することなく、尺八で歌いまくったまんま最後の曲までできた。拍手も大きかった。やはり生で聴いていただくのが一番いい。お客様にも今日のノリが十分伝わっているのが、拍手の熱さと表情でわかる。やったぞ!という手応えを感じながら、最後のMCをした。

「今日は本当にありがとうございました!二月のアジアツアーで掴んできたものをリョウさんと二人で出し合おうって話していました。みなさんの前でそれが出せたんじゃないかと思います。ありがとうございました。ええ、そして、個人的なことなんですが・・・妻の里香が病気で倒れて入院していたんですが、長くかかってみなさんにもご心配をおかけしましたが、お蔭さまで、なんとか、帰ってきてくれました」

場内に一層の拍手が広がった中、正面奥の席に居る里香が長い両腕を上いっぱいに拡げて満面の笑みで答えた。ちょっと大袈裟なようだが、その表情は太陽のように輝いて見えた。そして大きな拍手の中、アンコールの曲に突入した。


 お店で簡単な打ち上げをすませて早めに帰らせてもらった。いいライブができたので、いつもならみんなで夜更けまで飲むところだが、今回は早くうちに帰って里香とおかあさんに会いたかった。お兄ちゃんとアデラは近隣のホテルをとってあり、そちらに泊まるそうだ。電車には乗らず、なんとなくうちまで歩いて帰りたかった。楽器や機材を入れた旅行カバンをゴロゴロ引きながら、一人、夜道を歩いた。今日、いい演奏ができたのは誰のお蔭なんだろうか?共演者には間違いなく恵まれた。ツアーの好影響か、お客さんの応援か、家族の力か。みんな全部かなあ。そして見上げた夜空に長い腕を拡げていた里香の姿が思い浮かんだ。一番はおまえか。そうだよな。ありがとうな。隣町のライブハウスからうちまで、主要道路をはずれて住宅街の道をジグザグに進んだ。しばらく歩くと偶然、去年の十二月に「クリスマスまでに帰ってこい」と思いながら、九ちゃんの歌をうたって歩いた通りにきた。あのときは涙でうたった歌をもう一度うたってみた。クリスマスどころか、3月になっちゃったよ。でも・・・でも帰ってきてくれた。ちゃんと帰ってきてくれた。少しずつだけど元気になって、今日はライブに来てくれた。ああ、神様。感謝します。なんだかジ~ンと来たが、涙はない。今夜は笑顔だ。泣いたり、笑ったり、いろんな顔で見上げる僕らを星達はどんな風に思っているんだろうか。ゴロゴロカバンを引っぱる音が近所迷惑じゃないかと気になりだした頃、うちの近くまでたどり着いた。カバンを持ち上げて少し早足でうちまで急いで、ドアを開けたら里香が部屋から出てきた。おかあさんはもうおやすみのようだった。

「おかえりなさい。じゅん、きょうよかったよ。すごくよかったよ」

「ただいま。ありがとうな」

きっと膝の上にいたのだろうナオも足下にすりすりしてきてお出迎えだ。荷物を置いてナオを抱き上げて里香の手を引いてリビングに入ったら、なんだか急に自分が大人になったような気がした。え? 今、俺、おとうさん? ほんまかいな。万年小学生の俺が?仕事がうまくいって、心地よい疲労感の中、家族に迎えられる大人の男の気分をほんのひととき味わったような。そんな気分を感じながら、ソファに寝そべったら、里香がくっついてきた。その僕のお腹の上にナオがポンと飛び乗ってきた。




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