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 通常授業に戻って約一ヶ月が過ぎ、GW特訓を経て、さらにひと月が経過した。6月になり日が傾くのが遅くなって、前コマが終了する時間でも、まだ西の空が薄明るくなっている。たまたま、金星がよく見えていたので本当は生徒達を屋上にでも連れていって実際に「宵の明星」を観察させたいところだが、立ち入り禁止区域としてあるところにわざわざ引っぱり出すわけにもいかない。生徒を長い時間拘束するこんな仕事をしておきながら言うのもなんだが、今の都市部の子供たちは自然に接する機会が少ないと思う。そのせいかどうかわからないが、俺たちの子供の頃と比べると、「虫が嫌い」という子が多い気がする。逆に「虫大好き」というマニアもいるが、こっちの方はちょっと話についていけないくらいの昆虫ラブ振りだったりする。昔からどちらもいたが今の方が両極化しているように感じるのは俺だけだろうか。これも自然から離れた生活が定着したからか。

 なんでも入試に結びつけたい訳じゃないが、実は身の回りの自然を観察しておくことは非常に重要で、入試問題にもよく出題されている。だから、時間の制約の少ない4年生、5年生の時期に自然観察の機会を持っておくことはいいことだと思う。何も遠くまで大自然を感じるツアーなんて組む必要はなく、求められているのはあくまで「身の回りの自然」だ。自然に限らず日常よく使う道具なんかもどういう原理でそれが成り立っているのか、という目で見てみるといい。実際に過去の入試にあったケースで「こうもり傘」の仕組みについて、というのがあったが、これなど「てこ」が複数組み合わされているし、なぜ傘をピンと張った状態でキープできるのか、など大人でもすぐには正確に答えられない面白い問題である。大事なのは「知識」ではなくて、「知りたいと思う心」だ。入試問題を作っている学校の先生方はそれを求めているのだ。しかし、多くの生徒達はそんなことを話しても

「それテストに出るの?」

とくる。中には

「出ないんなら覚えなくていいでしょ。大体虫とかきらいだし。花も星座も興味ないし」

こうはっきり言っていた生徒もいた。なんでも結果主義が横行していて、世知辛いもんだと思う。その点、今年の十人は一人を除いて素直な子達だ。ナナが自宅の庭に来る野鳥に興味を持ったのもそうだし、俺たち講師から聞いた話をストレートに受け止めてくれる。除かれた一人も素直じゃないというより、独自の価値観で動いていると言ったらいいのか、要は「変」な奴なので素直というイメージから外されたという・・・素直ではない、とは言い切れないが素直と単純に言ってしまうのも何かはばかられるというか・・・ああ、もう!面倒くさいな。奴のせいでなんで俺が注釈に苦労しなきゃならんのだ!?  奴とは言うまでもなく大悟のことだが。


 話を元に戻すと、入試に出る、出ないではなく、「これはなんだろう?」という観察眼を持っていて欲しいということだ。今年の連中には、そんな「入試には絶対に出ないが、なんとしても知りたい!」という欲求が旺盛な奴もいる。将来は研究者になりたいと作文に書いていた飯田である。つい先日のことだが、理科の授業中にあいつが鼻血を出した。急に鼻を手で押さえて上を向いて

「先生。鼻血出た・・・」

と言い出した。ノートに血が落ちている。咄嗟にポケットからティッシュを取り出して袋ごと飯田に渡し、足下にかがんで血が出ているのと反対の方の靴を脱がして、足首の甲の側を指圧した。こうすると止まりやすいのだと空手の名人から聞いたことがあり、何度か試しているが実際効果はあると思う。そうこうしてうちに、ティッシュを丸めて鼻につめた飯田が

「先生、これ何?」

といってティッシュに付いていたチラシを抜き取った。塾に来る途中、駅前の交差点でビジュアル系ロックバンドでもやっていそうな金髪でロングヘアーのお兄ちゃんが配っていたポケットティッシュを何も考えずに受け取っていたのだが、そこにはキャバクラの割引券なるものが書かれていたのだ。

「エエエ!!何、何?先生キャバクラって何なの~~?」

「うるせえ!知らねえよ、そんなもん」

「エエ~?じゃ、なんで持ってるの?」

「駅前で配ってただけだろうが。俺はそんなもん知らん!」

ときっぱり言うと、今度はひそひそ声で

「うそだ。絶対知ってるね。好きなんだ」

という。

「好きじゃねえよ、別に」

すると大悟までが

「キャバクラってなんなんですか?教えてよ。先生好きなの?よく行くの?いいものなの?」

と騒ぎ出す始末。後ろめたいことは何一つないのに、隠してるみたいに思われるのもしゃくだから、説明してやった。

「キャバクラってのはだ。キャバレーとナイトクラブをくっつけた呼び方で、どっちもお酒を飲むとこだ」

「エロいとこじゃないの~?」

「別にそんなことはないだろう。俺は行ったことがないから知らんが」

女性が接客するという朧げながらのイメージはあるようで、男子はみんなはしゃいでいる。南出は急におんなっぽい仕草をしてみんなを笑わせている。女子では祐子とかえでが笑っているがナナとりるはきょとんとしている。収拾がつかなくなる前に

「飯田。鼻血止まっただろ?キャバクラに心を奪われてるようじゃ、第一志望は逃げていくぞ。さあ、みんな勉強にもどるぞ!集中しろ!!」

と固い表情を無理矢理作って、一喝した。その後は表面上いつも通りの授業だったが、どうやら飯田の頭の中ではキャバクラに対する探究心がふつふつと湧き続けたようだ。理科の後、お弁当タイムと休み時間を経て、さらにその思いは膨らみ続けた。そして後コマの社会、菅生くんの担当時間のことだが、俺が何も言わなかったので彼はティッシュの件は全く知らずに授業を始めた。授業の中盤になって、菅生くんがある発問をした。

「十二世紀の終わり、初めて関東に武士階級による政権ができた。これがなんだ?」

偶然、飯田に当てたら、頭の中があの件で一杯になっていたようで、しごく真面目な表情で

「キャバクラ幕府」

と答えた。これには一同、大爆笑となった。特に菅生くんはことの成り行きを知らなかったので、突然、真面目な顔でこれを言われて笑い転げたそうだ。

「な、なに!?なんじゃそれは!じゃあ、初代キャバクラ将軍って誰なんだ?」

とか

「おまえ、いざキャバクラへって言うのか!?」

と大きな声でツッコミを入れる菅生くんの声が俺の授業をしている教室にまで聞こえてきた。飯田自身は本当に無意識だったようで、顔を真っ赤にしていたという。

 その夜、菅生くんと飲みにいった店で二人でこの件で大いに盛り上がった。

「あいつ研究者になりたいって、キャバクラの研究でも始めるんじゃないか?」

「あはは。それじゃノーベル賞は無理でしょう。人類の平和と発展に寄与した自然科学の研究者ですからね、対象は」

「考えてたらまた鼻血出たんじゃないか」

「鼻血ブ~~ですか?」

「若いのに古いマンガよく知ってるな」

「はい。丸木戸先生と付き合い長いですから」


 そんな一件もあり、厳しい中にも笑いを交えながら日々の授業が進行していった。

そろそろ、7月の模試に向けて準備をしておかなければならない。俺が春から南出と春生、そして短期間だが祐子の理科を補習してきたように、菅生くんも社会が苦手な大悟と全科目低迷中の充の補習をやってきていた。彼もボランティアでの補習だが、考えてみれば俺が無償でやってる以上、彼もそうせざるを得ないのかもしれない。だとすると気の毒なので、司馬校長と掛け合っていくらかでも予算をつけてもらうようにしよう。まあ、会社の本部はしぶちんなので、何かうまく考えてもらうことになるだろう。そのための管理職なんだ。

 前にも述べたが、7月の模試は各科目とも単元ごとの学習が一通り終わったことを前提にしている。ここから先は模試も入試と同じように全範囲からの出題となる。そうなると苦手な単元への対応もいろいろ個人で分かれてくる。ちょっと補習して効果が出るくらいの弱さなら、迷わず補習。もっと根本的に「できない」原因がある場合、短期で補強は難しいから今回のテストではそこを「捨てる」ように作戦を組むこともなくはない。そればっかりやっているといつまでも伸びないので、あくまで緊急のやり方だが。

 授業前の時間に菅生くんとそのあたりをすりあわせた。南出は今回、水溶液に集中させて、電流回路は夏期講習に持ち越し、大悟の社会も地理と歴史を頑張らせて公民分野は夏期講習でてこ入れすることになった。春生はわりあいに順調に補習の効果が出そうな気配があり、祐子はすでに織田の次のポジションに納まりつつある。

 問題は充だ。今回の模試で結果が出なかったら、おとうさんがまたけしかけて来て、いや、来てくれたならまだいい方で、有無を言わさず退塾となる可能性もかなりある。決して器用ではない奴にあれやこれやを要求しても無理だろう。理社は単元を絞ってそこだけは確実に取れるように鍛える。国数は基本問題をさらにやさしいところに限定して徹底的にやらせる。やれ、と言えばサボる子ではない。

 さて、天王山の夏を前に、みんなどこまで伸びてくれるのか。俺たち講師も気合いを入れ直してやるしかない。





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